「誰かさん達が遅れてくるから一時はどうなるかと思ったけど、無事入学式を終えれたね」
「私もまさか白薔薇さまが時間までにちゃんと来るとは思ってなかったからね、お聖堂に着くまで不安で仕方なかったわ」
「お、お姉さま、落ち着いてください」

 入学式の後、薔薇の館に着くなり二人の薔薇さまは皮肉を言い合う。

「まぁ黄薔薇さまが来なくても紅薔薇姉妹が真面目で有能だからどうしても必要ということはなかったけどね」
「確かにそれもそうよね、それに白薔薇さまが珍しくやる気を出しているんだからお任せすれば良かったかしら?」
「お姉さまも白薔薇さまもその辺で止めましょうよ」

 令は必死に止めようとするが両者は聞く耳持たない。

「相変わらず令も苦労性よね、聖や江利子のじゃれ合いなんてよっぽどの事でもない限り、放っておくのが一番なのにね」
「ですがお姉さま、仮にも薔薇さまやつぼみとなった者があの様では他の生徒に示しがつきませんわ」
「まぁ確かに時折目を背けたくなる事があるのも事実よね」

一方紅薔薇姉妹は我関せず、ではないが直接話しに関わろうとはしない。

「先代の黄薔薇さまはどうしてこんなデコを妹にしたんだか」
「そんなのその場のノリと女の感に決まってるじゃない。それと今頃になって思い出したようにデコって言うな−−−!!」
「ロ、紅薔薇さまからも何か言って下さいよ」

 もはや幼稚園児レベルの言い合いになっている二人に、どう声を掛けていいのか解らないでいる令は蓉子に助けを請う。

「しょうがないわね、聖、江利子、その辺で止めときなさい。江利子と令は今後今日みたいに遅刻ギリギリにならないよう余裕を持って行動する事」
「は〜い」
「以後気をつけます」
「それと聖は新入生への接し方を少しは考えなさい。貴女にとっては挨拶のつもりでも端から見れば口説いているも同然よ。下手をすれば自称白薔薇のつぼみを名乗る新入生が蔓延するじゃない」
「はいはい、仰せのままに」

令と違いあまり反省の色を示さない二人に思わず嘆息を漏らす。

「ではお姉さま、そろそろ本題に移りませんか?」
「そうね、じゃあ来月のマリア祭についての話しを始めましょうか」

 薔薇さまたち自らが新入生にメダイを授与する事、祥子が新入生の入学祝いにアヴェ・マリアを演奏する事………etc

「それって春休み前にした打ち合わせと何も変わってなくない?」
「ええ、ここまではあくまで再確認よ。問題なのは当初の計画ではなく人手よ」

 このマリア祭を成功するには最低でも六人はいないとならない。だが本来薔薇さまとつぼみたちで事足りるはずがこの代ではそうは行かない。何故なら今年度の白薔薇さまである聖に妹が、つぼみがいないのだ。

「人手が足りない以上お手伝いを頼むしかないわ。あと一応言っておくけど聖が二年の中で妹を作るなら話は別よ。でも今それを強要しても仕方ないでしょ?」
「まぁね、一朝一夕で妹なんて作れるとは思えないし、急かされて作るってのも癪だからね。だから適当に誰かお手伝い君を見繕ってくれない」
「白薔薇さま!そうやってすぐ人任せにするのは………」
「私にはこういった事を頼むのに適当な子がいないの。だから今回もパスって訳、お分かり祥子?」
「くっ!」

 祥子も山百合会幹部以外で頼みごとが出来るような友人がいないので返す言葉が無い。もしここで必要以上に言及しようものなら『なら祥子はどうなの?』と返され墓穴を掘るのは明白である。

「でしたら剣道部の野島さんはどうでしょう?次期剣道部部長の太鼓判を押されるぐらいですし、剣道一筋なところがあるから薔薇さまの称号に興味はないようなので適任ではないでしょうか?」

 今回お手伝いと言っても最低限の人員でやる以上ある程度の要領の良い人間が好ましい。だがそれ以上に大事なのはお手伝いが山百合会幹部の地位に興味があるかないかである。先ほども述べたように聖は現在白薔薇さまでありながら妹は不在なのだ。なのでもし山百合会幹部の地位に興味がある者をお手伝いに誘えば姉妹の誘いだと思われても仕方ないのだ。だからこそ出来れば三年生の中から、又は二年で山百合会幹部の地位に興味のない人物が好ましいのだ。

「野島さんね、令の勧めなら安心して任せれそうね」
「じゃあ後で私からお願いしておきますね」
「これで人手不足も解決したし、今日の会議はこれで終わりよね?」
「まぁ最初に入学式の反省会のようなものもしたからね。で、何か面白いことでもあったの、江利子?」

 江利子の顔が早く帰りたがっているのではなく、あからさまに話したくて仕方ないという顔をしているので正直聞きたくは無いのだが、だからと言って江利子が離してくれそうに無いのは解っているので先を促す。

「実は今日の入学式に向かう途中新入生とばったり会ってね、お互い急いでいた所為もあるけどそれ以上に令が考え事に耽っていたから令と新入生がぶつかったのよ」
「あら、令らしからぬミスね。でも江利子が持ち出す話題としてはイマイチインパクトに欠けるわね」
「勿論話しはこれだけではないわ。その時会った新入生、令とぶつかったツインテールの子とカメラを携帯してた子なんだけどね、前者の子は私と令の事を新入生同士だと勘違いしてたのよ」
「それってただ単にその子が受験組みなだけじゃないの?」

 一瞬信じられないという顔をするのものの、聖は冷静に返してくる。それもそのはず、蓉子が中等部からリリアンに入学したとはいえ、他のメンバーは幼稚舎からエスカレータ式に上がっている………つまり五人全員がリリアンの中等部出身なのだ。なのでリリアンの中等部にとって高等部の山百合会幹部、薔薇ファミリーがどれだけ神聖視された存在なのかは重々に承知している。当然本来中等部には配布されていないはずのリリアンかわら版がどこからか出回っているので薔薇ファミリーの顔も解っている筈なのだ。

「私も最初はそう思ったんだけどね」




…………………………



………………………………………



………………………………………………………





「あ、あの、そろそろお聖堂に向かいませんか。私が言うのもあれですけど高校生活初日から遅刻してしまったら目も当てられないし」

隣で眼鏡を掛けた少女が「ば、馬鹿!何言ってるのよ」な顔をしているところを見るとどうやら素で江利子や令の事を知らないようだ。

(おかしいな、中等部にもリリアンかわら版は様々なルートで出回っているはずなんだけどなぁ)

もしこの子達が受験組なら知らないのは無理もないだろう。だが隣のお友達を見る限り中等部から上がって来た子のはず。なら何かと特集の的にされやすい薔薇ファミリーの事をし記した記事を一度は見たことがあるはずなのだが、

「そ、そうだね。確かに急がないと………」
「そういえば入学式に山百合会の方々が来ているって聞いたけど、どんな方なんだろう?」

(いきなり話しが飛ぶわね。この子、本当に気付いてないのかしら?ちょっと鎌を掛けてみようかしら)

「それは勿論このリリアンを代表する薔薇さまである以上、それはもう素晴らしい方に決まってますわ。私も早くお目にしたいわ」
「お、おね___」
「令さんもそう思いますよね?」

 止めに入ろうとする令に敢えてさん付けを強調し釘を差す。どうやら本当に気付いてないようである。ならここは敢えて誤解を解かずにこのまま押し切ることにしようと思う。そうすればきっと………

「そ、そうですね」
「それより祐巳さんたちはそろそろお聖堂に向かわれないと入学式に間に合いませんよ?」
「そ、そうですね。あ、でも………」
「私たちのことは気にしなくてもいいわ。どうも令さんは昨日遅くまで剣道のお稽古でお疲れのご様子、ですから彼女には悪いけどこのまま保健室にお連れして休ませようと思いますわ。だから祐巳さんたちは私たちに構わずお先にどうぞ」

 祐巳は令の体調を心配しているものの、入学式には両親も見に来ている手前、このまま令に付き添って入学式をサボるわけには行かない。それにそんな事をしてしまってはわざわざ気を使ってくれた彼女に対して失礼である、そう考えた祐巳は不本意ながら江利子の薦めるままにお聖堂に向かう。

「あ、私はまだ名乗ってなかったね。私の名前は江利子、鳥居江利子よ。そして彼女は支倉令、もし良かったら私たちの名前を覚えててね」




………………………………………………………



………………………………………



……………………






「それで入学式の途中で新入生のほうから気の抜けた声が聞こえてたわけね」
「学園長の付き添いで間接的にだけど私が新入生の前に姿を現した時よね。多分あの時の声は祐巳ちゃんでしょうね。本当言えばマリア祭の時にアッと驚かしてあげたかったんだけどね♪」
「そんな事のために遅刻したのか………」

 相変わらずの江利子の行動に文句を言うよりただ呆れてしまう。

「まぁそれ自体は種蒔きの段階に過ぎないんだけどね」
「黄薔薇さまは何をお考えなんですか?」
「今はノーコメント、まだ構想段階すら済んでないのが現状だからね。それより祥子は新入生で誰か目ぼしい子はいなかったのかしら?」
「今回は落ち着いて新入生を一人一人見る余裕は無かったから何とも言い難いです。この様子では来月のマリア祭まで新入生のチェックはお預けですわね」

 江利子が何を考えているのかは解らないが、入学式に遅刻した皺寄せを喰らったことに対する皮肉を返してくる。

「あら、何も一年が全員揃うイベントを待たなくてもその間いくらでもチェックができるじゃない。大事なのはやる気よ、やる気」

 もっとも江利子にそのような皮肉など馬耳東風である。むしろ逆にからかう材料を増やす結果になる。

「聖みたいに妹を作ることに興味が無いなら良いけど、妹を作ろうとしているのに出来ないじゃあ紅薔薇のつぼみとして恥ずかしいよね。それに………」
「江利子、祥子をからかうのもその辺にしなさい。祥子には祥子のやり方があるんだから私たちは黙って見守るのが一番よ」
「はいはい、他藩の御家事情にはこれ以上踏み込むな、でしょ。適度に祥子もからかったことだし、そろそろ帰ろうっと」

 蓉子が止めに入ったから今日の戯れはここまで、これが江利子にとって後を引かない丁度いい目安なのだ。もっとも祥子の方はまだ言いたい事があったのか、不完全燃焼といった顔をしている。

「令、たまには一緒に帰るわよ」
「あ、はい。直ぐに用意します」
「じゃあ一足先に上がらせてもらうわね。ごきげんよう」

 どうしても二人で帰らなければいけないというわけではないが、江利子と言えど蓉子たちの前では言い辛いこともある。薔薇の館を出て銀杏並木までの道のりまで無言だった江利子がようやく口を開く。

「令、忘れてないと思うけど帰ってから由乃ちゃんになし崩し的にロザリオを渡さないようにね」
「は、はい」
「それと無理に必要以上に由乃ちゃんと距離を置かなくてもいいから」
「はい?」

 由乃と姉妹を結ぶことに関しては今まで通りとは言え、急に方針変えされた事で令は少なからず怪訝な顔をしている。何せ先ほど江利子は意味深な言葉を言っていた。それが今回の方針の変更に関わっている事は想像に容易いが、その先に何をなさんとしているかは不透明なままなのだ。

「どうせ令も黄薔薇のつぼみとしての仕事と剣道部で新入部員の面倒とで忙しいだろうからね、そうなれば一緒にいられる時間も限られるでしょ」
「まぁ恐らくそうなるでしょうね」
「だからそこまで硬く考える必要はないよ。少なくとも当面はね」





          ◇   ◇   ◇






「___ちゃん」
「ん?」
「もう、令ちゃん!ちゃんと人の話しを聞いているの?」
「あ、ごめん。何の話だっけ?」

 従姉妹の苛立ちを込めた声にようやく意識を取り戻す。

「令ちゃん、見舞いに来てくれるのは嬉しいけどそうやって自分の世界に篭られたら何しに来たんだか解らないじゃない」
「だからごめんって、反省しているよ」

 そうは言ったものの令の悩みは解決したわけではない。帰る途中に見せた江利子の不敵な笑み、あれは何かを企んでいる目だ。そしてその企みには間違いなく令も関わっているだろうし、最悪由乃も巻き込まれる可能性は極めて高いのだ。しかも、

「そんなんで本当に黄薔薇のつぼみが務まるの?」
「今日はちょっと調子が悪かっただけだよ。明日からはちゃんとやるよ」
「どうだか、令ちゃんのお姉さまの黄薔薇さまはその辺の指導ってあまりしそうにないからしっかり者の妹がいないと駄目なんじゃないの?」
「うっ!」

 最初は『妹』という言葉にすら触れなかったのに、先ほどからやたら『妹』の話題を振ってくるのだ。由乃が意図するもの、それがロザリオの授与であることは百も承知。問題は如何にして由乃を傷付けずにこの場を収めるか、である。

「ま、まぁ妹を作るにしろもう少し黄薔薇のつぼみとして恥ずかしくないようになってからだね。じゃないと妹の前でお姉さまたちにからかわれるなどと言う失態を犯しそうだし」
「私は気にしないけどな〜」
「私にも世間体ってのがあるんだよ」

 それとなく話題を逸らそう、それが令の出した結論である。だが昨日今日知り合った仲ならともかく、生まれた時からの付き合いも同然な由乃相手にこのような見え見えな手が通用するはずもない。

「令ちゃん、何か隠し事があるんじゃないの?」
「か、隠し事!?そ、そんな事ないよ、うん」
「嘘!ちゃんと私の目を見て言って!!」
「………ごめん」

 いつもこうだ。由乃に迫られると何も言い返せれず、年上のはずの令の方が先に折れてしまう。だが今日ばかりは最後の一線は守り通さなければならない。なぜならば姉である江利子になし崩し的にロザリオを渡さないよう厳命されているのだ。何としてでもこの場はうまく収めねばならない。

「私だって本当は今すぐ由乃にロザリオを渡したいよ。でも今は駄目なんだ」
「どうしてよ!?何で今になってそんな事を言うのよ!!」
「聞いて、由乃。確かに由乃と今ここで姉妹の儀を結ぶのは簡単だよ、でも私のロザリオは由乃が思っているほどそんな軽いものじゃないんだ」
「令ちゃんがどういう立場かぐらい私だって解ってるわよ!」

 令のロザリオは現黄薔薇さまより渡された物、そして黄薔薇のつぼみである令からロザリオを受け取ると言うことは黄薔薇のつぼみの妹になると言うこと。つまり令のロザリオを受け取った者はその時点でリリアン女学院高等部において中心的な立場である薔薇ファミリーの一員となるのだ。そうなれば翌年は黄薔薇のつぼみ、その翌年は黄薔薇さまとなる事はほぼ確定と言っても差し支えないだろう。

「私は由乃に姉妹以外の楽しみを、多くの友達を持って欲しいんだ。でも私のロザリオを受け取ってしまったら由乃はそんな普通の学園生活が過ごせなくなる」
「確かに薔薇ファミリーに入ったら忙しくなるかもしれないけど、だからと言って普通の学園生活が出来ないってのは大袈裟じゃない?」
「良くも悪くもリリアンにおいて薔薇ファミリーは神聖視されているんだ。だから薔薇ファミリーの仲間入りした時点で周りの見る目が特別なものになる、対等な交友関係が難しくなるんだ」

 だからこそ聖や祥子と言った面々は様々な生徒に慕われてこそいても、交友関係自体は薔薇ファミリーに限定されているのだ(もっとも本人たちもそこまで親しくなろうと言う気が無いのも理由の一つではある)。その点部活をしている令は剣道部からは仲間意識を持たれているし、誰とでも仲良くできる江利子もその点は不便してはいない。だが由乃の場合後者に含まれる要素が何一つないのだ。

「でも令ちゃんは私に部活動をさせるつもりはないんでしょ?だったらロクに接点の無い人たちとどうやって友達になれって言うのよ。中等部の時だって結局友達は出来なかったのよ!!」
「それは………」

 由乃の性格から言って文科系のクラブに入るとは思えない。つまりやるなら体育会系のクラブを前提にしているのだ。だが由乃の体のことを考えれば令は間違いなく反対するだろう。

「………令ちゃんは私と一緒にいるのが嫌になったの?」
「そんなことは無い!!ただ今のままじゃあきっと二人とも良くない気がするんだ。一度お互いの付き合い方を見直したほうがいいと思うんだ」
「それは解らないでもないけど………うん、解った。私もちょっと考えてみるよ」
「え、ほんと?」

 由乃も思うところがあったのか、令の提案を受け入れてくれた。

「うん、令ちゃんの言う通りにするよ。でも………」
「でも?」
「私以外の子を妹にする為の言い訳だったら承知しないよ」
「そ、そんなつもりは無いよ」
「本当に?」

 容赦無い眼差しに思わずたじろぐが令にそのつもりはない。大体妹にしたい子で思いつくのは三つ編みの似合う目の前の彼女だけなのだ。

「本当だって、私が妹にしたいと思うのは由乃だけだって」

(そう言えばあの時の子………ちょっとそそっかしい子だったけどあんな子を妹にしたらさぞ楽しいだろうね)

「れーーーーいーーーーちゃーーーーーーーーーん!!」

 さすがは従姉妹兼幼馴染、令が他の子の事を考えていることを察したようだ。

「い、今のは違うよ。うん、ちょっと入学式を思い出していただけだから」
「それって新入生のことを考えたってことじゃない!!」
「あ、しまった。藪蛇………」
「令ちゃんのバカーーーー!!」





          ◇   ◇   ◇





「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 今日も爽やかな朝の挨拶とともにマリア様の見守るこの学園に新たなる一日が始まる。先日新入生を迎えたばかりなので新入生だけではなく、二年も新たなる出会いに胸を膨らませている。

「ごきげんよう、黄薔薇のつぼみ」
「ごきげんよう………」

 だがそんな清々しい一日の始まりに似つかわしくない者が約一名、悲壮感をただ寄せながら門をくぐる。

「ごきげんよう、黄薔薇のつぼみ」
「うん、ごきげんよう………」

 声をかけられたらまず立ち止まり、体全体で振り返ってから挨拶をするのがここでのたしなみ。故に顔だけで振り向いたり、今の令のように目も合わせないのは以ての外である。だが今の令に周りのことなど頭に入ってこなかった。だから挨拶も条件反射で言っているに過ぎないのだ。

(結局今朝になっても由乃の機嫌は直らずじまい、お姉さまの言いつけを守ることは出来たとはいえ、やっぱり気分のいいものじゃないよ)

 そしてそんな令の心を悩ませるのは当然従姉妹の由乃のことである。後もう少しで由乃の合意も取れて万々歳のはずだったのだが、最後の最後で考え事に耽ってしまったことで由乃の機嫌を損ねてしまったのだ。

(誤解を解くどころか、興奮させたことでまた体調を拗らせてしまうなんて………はぁ、先が思いやられるよ)

 こんな調子だから様々な生徒から声を掛けられてもまともに相手は出来ないのだ。

「ごっ、ごきげんよう!令さま!」
「あぁ、ごきげんよう」

 そして今回も同じように御座なりな返事をするだけ、そうなるはずだったのだが

「あ、あの、先日は知らなかったとは言えとんだご無礼を!ご、ごめんなさい!」
「え?」

 少女のあまりの狼狽振りに今、自分が声を掛けられていることに気付く。

「君は確か………」

 ツインテールの髪型に落ち着きが無いくらい体全体で感情表現をする姿、そして美人ではないがどこか愛嬌のあるこの顔に令は見覚えがあった。

「はい、一年桃組の福沢祐巳です。その先日は………」
「あぁ、それはさっき言ってたよね。それにアレは黙っていた私やお姉さまが原因なんだから気にしなくてもいいよ。むしろ私の方こそ謝らせてよ」
「え、えぇぇぇ!?で、でも………」
「私のお姉さまが迷惑をかけたことと、それを止めれなかったこと、本当にごめんね」

 非があればきちんと誤ること、これは本来人として当然の行為なのだがリリアンにとって上級生、それも薔薇ファミリーの人間に頭を下げられては返って萎縮してしまうものである。当然祐巳と言えど例外ではない。

「あ、ああああああああああの、頭を上げてください。幼稚舎の頃からリリアンにいるのに黄薔薇さまや黄薔薇のつぼみである令さまのことを知らない自分が非常識なだけなんですから。それに私にもう少し落ち着きがあって、入学式の最中に大声出すなんてヘマをしなければ良かっただけなんですし」
「まぁ確かに入学式の最中に大声を出すのは関心しないけどね」

 黄薔薇のつぼみである令が下級生に頭を下げれば祐巳が大慌てするのは予想はしていた。だが令にとってこれはケジメのつもりなのだ。だが祐巳が予想以上のたじろぐものだからつい、悪戯心を出してしまったのだ。

「ごめんなさい………」
「いや、だから責めている訳じゃないよ。そもそも頭を下げているのは私の方なんだから。まぁお互い今後は共に気を付けていこうって事よ」

(か、可愛い………)

 今まで剣道を通して後輩の指導に当たったことは何度もあるが、目の前にいる少女ほど保護欲を駆り立てるようなことも無ければ、童心に返ったように悪戯心を抱いたことなど無かった。そもそも剣道の世界において先輩も後輩も礼節を除けば対して意味は無い。共に剣道を通して学んでいく同門であり、共に競い合うライバルなのだ。故にここまで親身になることは従姉妹の由乃以外では初めてなのだ。

「ま、まぁその話はもう良いでしょう。それより祐巳ちゃんは高等部に上がって、何か入りたい部活とかあるの?」
「わ、私ですか。恥ずかしながら特にこれと言ってやりたい事は………そもそも私は何をやっても人並みが関の山ですし………」
「あら令、早くも剣道部の勧誘かしら?」
「お、お姉さま!?」
「黄薔薇さま!?」
「「ご、ごきげんよう」」

 突然の乱入者に思わず慌てて挨拶をする二人。

「二人ともごきげんよう。確か祐巳ちゃんだったね、今日は蔦子さんとは一緒じゃないのね?」
「え、ええ、多分今頃マリア像の付近で写真撮影に勤しんでいると思います」
「なるほどね、彼女らしいわ」

 何せ彼女は入学初日から学年問わずに生徒の撮影に時間を忘れるほどの人物である。まだ一度しか会った事のない江利子や令でも安易に想像が付く。

「昨日はあの後会うことは出来なかったけど入学式は楽しんでもらえたかしら?」
「あ、あれの何を楽しめと言うんですか?」
「新しい出会い、そしてその人物が実は………と来るのが漫画の王道じゃないかしら?」
「それはそうですけどお陰で私は恥をかいたんですよ」

 皮肉にもその後クラスで自己紹介をせずともクラス中に顔を覚えられたのだ。手間が省けると言う点では楽には違いないが、決して自慢できるような話しではない。

「だから言ったでしょ。私たちの名前を覚えててね、って」
「〜〜〜〜〜っ!」

 いくら鈍いと言われてきた祐巳でも江利子がからかっている事ぐらいは理解できている。とは言え相手が薔薇さまである上、公衆の面前で薔薇さまを責めたてる事が出来ず口篭る。

「せっかくだからついでに聞くけど紅薔薇さまの名前ぐらいは知っているよね?」
「え〜と、確か祥子さま?」
「ぷっ、それは紅薔薇つぼみよ。紅薔薇さまの名前は蓉子よ。これで一つ偉くなったわね」
「き、黄薔薇さま!!」
「お姉さま、あんまり苛めては祐巳ちゃんが可愛そうですよ。祐巳ちゃんも落ち着いて、お姉さまも悪気が………無かったとは言えないけどそこまで悪い人じゃないから」

 令が二人間に割って入って止めようとするものだから江利子も祐巳も渋々引き下がる。

「じゃあ最後にちゃんとしたアドバイス、この一年間を平穏に過ごしたければ白薔薇さまには関わらないほうが身の為よ。もし白薔薇さまの目に留まった日には祐巳ちゃん、きっと一年間白薔薇さまのおもちゃにされるわよ」
「今と対して変わらないんじゃあ………」
「甘い、甘いわ祐巳ちゃん!白薔薇さまはあなたが思っている以上の人よ。はっきり言って私に捕まるより厄介よ」
「え、ええええええええええええ!?れ、令さま、これも何かの冗談ですよね?」

 確かに江利子は冗談を交えて言っている。だが令から見ても祐巳はからかい甲斐のある子だし、江利子がからかって楽しいと思える相手を聖が何もしないとは到底思えないのだ。

「もしかしたら学園だけでは飽き足らずそのまま家までお持ち帰りするかも………」
「令さまも黙っていないで否定してくださいよーーー!」







「しかし本当可愛い子だったね」
「お姉さまの『可愛い子』と言う言葉は『からかい甲斐のある子』と同意語なんでしょうね」
「あら、当たり前じゃない」

 仮にも薔薇さまになったのだからこういうことは辞めて欲しいと思う。だがそう思う反面この性格は死んでも直らないだろうな、とも思っている。

「けど祐巳ちゃんのお陰で令が元気になって何よりよ。大方由乃ちゃんと揉めたんでしょう?」
「うっ、途中まではうまく言ってたんですよ。ただ別のことを考えてて………」
「それが祐巳ちゃんのことだったから由乃ちゃんの逆鱗に触れたと」
「まぁそんなところです」

 これが山百合会の他の幹部であればここまで揉めることは無かったのだ。だが姉妹の問題を先延ばしにしておきながら別の新入生のことを考えていたとあっては、由乃にとって令の行動は浮気と見えても仕方のない話しである。

「まぁ見たところそこまで深刻そうな顔じゃないから心配は無さそうだね」
「そんな簡単な問題じゃないですよ。一度へそを曲げたら中々機嫌を直してくれないんですから」
「でも本当に厄介な状況だったらそんな余裕のある顔はしないわよ」
「余裕あるように見えますか?」
「うん。それともそれは祐巳ちゃんのお陰で立ち直れたのかな?」

 どうなのだろう?少なくとも悩みの種は解決したわけではないし、今もどうしたものか悩んでいる。だが江利子の言う通りそこまで悲壮感に打ち拉がれているわけではない。

「それは何とも言えませんがが、少なくともお姉さまの言う通り祐巳ちゃんは一緒にいて楽しい子であることは確かですね」
「………当分はあの子で退屈しそうに無いね。さっきの話じゃないけど他のみんなには祐巳ちゃんのこと内緒よ、特に聖には♪」
「お姉さまに捕まるのと聖さまに捕まるの、一体どっちがマシなんだろ……イタッ」
「一言余計よ、令」

 軽く小突かれながら令も江利子の言う通り、祐巳のお陰で退屈しそうに無い毎日を感じるのだった。






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