令が一年の教室の並ぶ廊下を歩く。ただそれだけで一年生から注目を浴び、黄色い声が上がる。

「きゃー、黄薔薇のつぼみよ」
「いつ見ても凛々しいわね」
「でも何だって一年のクラスに来ているんでしょう?もしかして既に妹をお作りになったのでしょうか?」

 黄薔薇のつぼみである以上、噂の渦中に立たされても常に冷静沈着であれ。どれだけ周りの注目を浴びようと他の生徒たちのお手本になれるよう心掛けている………なら格好がつくのだが

「由乃………」

 目的の人物の不在に口には出さないがため息を漏らす。結局のところ令は従姉妹のことで頭が一杯一杯なだけで、周りの事など意識できていないだけなのだ。

(今日こそは、と思ったんだけどな。やはり学校では無理なのか………)

 もっとも今回は令も若干ながら余裕があるのか、悲壮感を漂わせるには至らなかった。と言うのも例え令が由乃の学園生活に目が届かなくとも、今回剣道部に入った新入部員の由乃と同じ菊組の桜井紗枝のお陰で由乃のことを知ることが出来るのだ。なので心配で心配で仕方ないと言うより、自分の目で見ることが出来ずに落ち着けれないでいると言った方が正しい。

(今のところ特にこれと言って問題なく過ごせているのだから安心するべきよね。いざとなったら紗枝ちゃんが直ぐにでも連絡を入れてくれるんだから)

 今回の一件を機に、由乃は成長し自立しようとしている。それは令にとっても喜ばしいことであり、この調子で手術も乗り切ってくれれば尚良しだと思っている。だがそう思う反面、どこかそれに納得できないでいる自分に気付く。

(結局由乃はちゃんと今の自分を見据えている。なのに私は………結局お姉さまの言う通りだったのかな)

 由乃を守るという大義名分に縋り、自分では前に進めないでいる生き方………だからこそなのかも知れない。一度関心を持てば即時に行動できる行動力、諦めとも言える見切りの早さが霞むくらい大抵のことはやってのける才、何より自身の生き方に後悔が無いように見えるくらい真っ直ぐに生きるあの姿に尊敬の念を抱いているのは………

「おや、令さまにしては珍しく物思いに耽ってますね」
「君は確か蔦子さんだっけ、いきなり随分な言いようだね」

 いつの間にいたのか、振り向けば愛用のカメラを抱える蔦子がいた。

「それは失礼、ですが祐巳さんといる時の令さまの表情を見る限りあまり悩みとかを引き摺るようには見えなかったので」
「私だって人間よ、時には悩みもするしその事を延々と引き摺ることはあるわ。蔦子さんが見ているのはたまたまそう言った煩わしい事に引き摺られなかっただけよ」
「果たしてその原因はお姉さまである黄薔薇さまのお陰なのか、それとも………まぁこの話しはこの辺でいいでしょう。それよりこんな所に何の御用ですか?見たところ菊組の方をご覧になっていたようですけど」
「ん、別にたいした事じゃないよ」

 隠すほどの事ではないが由乃の事はまだ知られたくないと思った。それは蔦子に対してなのか、それとも先ほど蔦子が言いかけた事なのか………

「それより薔薇の館でも君の噂は結構耳に入っているよ。あまり犯罪紛いな撮影は問題が起きる前に止めて欲しいんだけどね」
「犯罪紛いだなんて心外ですね。私はあくまで少しでもありのままの姿をフレームに納めたいだけですわ。例えばこの写真がその成果の一つです」
「い、いつの間に………」

 蔦子が取り出した写真、それは江利子にからかわれている祐巳を令が宥めている時のワンシーンだった。

「令さまと祐巳さんのツーショット、我ながら中々の出来だと自負しています。特に黄薔薇のつぼみとして公式の場に出ている時の令さまには無い自然体の令さまらしさが出ていると思いませんか?」
「私が黄薔薇のつぼみとして無理をしていると?」
「そうは申しません。実際私の見る限り黄薔薇のつぼみとして公務に励んでいる時も剣道をやっている時とは別の生き生きとした姿だと見受けられます。ただそれらは第三者から見れば凛々しき姿として映るだけですが、この写真の令さまは見ている人間の心を和ませるものがあります。それはきっと令さまの新たな魅力なのではないでしょうか?」
「私の新たな魅力………か」

 実際のところ令が江利子に振り回されることはいつもの事だが、この写真にあるような表情は今まで一度も無かった気がする。そして恐らくそれは薔薇の館の仲間や剣道部の仲間だけではなく、由乃と一緒にいてもこんな表情ができたとは思えなかった。

(この時当事者の私にとってはあまり楽しい状況ではなかったけど、こうして写真に映っている姿を見ると不思議と楽しそうに見えるのは何でだろう)

「もし宜しければその写真は令さまにプレゼントしますわ」
「一応礼は言って置くよ。写真もだけど先ほどの話も考えさせられるものがあったからね」
「いえいえ、こちらこそ良い写真が取れて満足ですよ。今後もこの様なシャッターチャンスを提供してくれるものだと期待してますわ」
「やれやれ、君には本当に脱帽だよ」

 どうやら令にとって祐巳とだけではなく、この少女とも長い付き合いになるだろうと実感するのであった………







          ◇   ◇   ◇







「困ったな〜」

 割と呑気な物言いからして、知らない人が見ればそこまで困ってないように思うかもしれない。だがあからさまに慌てた様子はなくとも、学園一美しいと謳われるタイの結びにいつもの繊細さが欠けているのだ。もっともそれに気付くことの出来る人間など一握りにも満たないだろうが。

「後一つ、これさえあれば直ぐにでも実行に移れるんだけどな」

 だがその一つは軽々しく決めれる代物ではない。今回の計画においてこの一つだけは他を抜きにしてでもちゃんとした形で用意しなければいけないのだ。

「いっそ、計画を大きく変更してあの子に任せようかしら」

 当初はその案もあるにはあった。彼女であればあるいは、と言う考えは今でもあるにはある。だが彼女と目的の人物は接点が全く無いのだ。その上で全てを委ねるにはあまりに無計画過ぎる。結局いつものように、もう一度最後の支えを探すと言う結論に達する。

「だけど時間だって無限じゃない。そろそろ余裕がなくなってきたんだし、この数日間に見つからないなら………あっ!?」

 そしてこれまで粘った甲斐があったのか、江利子は最後の支えを見つける。

「予定より手間取ったけどこれで一通り揃ったわね。じゃあ久々に薔薇の館に行こうかな」

 彼女は仮にも薔薇さまの一人でありながら最近はロクに薔薇の館に顔を出していなかったのだ。多分紅薔薇姉妹がネチッこく皮肉を言うだろうがそんなことはお構いなしだ。今の彼女には思い描いていた計画を実行することが何よりも優先されているのだから………







          ◇   ◇   ◇







「ごきげんよう、薔薇の館へ。今日は突然のお呼びだしでごめんなさいね」

(一体全体この状況は何なのだろうか?)

 今この場で何が起こっているのか令にはよく理解できなかった。いや、理解できていないのは令や招かれた者だけではない。聖や祥子も怪訝な顔をしているところを見ると、この場にいる大多数の者がどういう事なのか理解できていないようだ。

「あの、私たちをお呼びになった理由をお聞かせ願えませんか?」
「そうよね、まだ理由を話してなかったから志摩子さんたちが疑問に思うのも無理も無いよね」

 今この薔薇の館にいるのはいつものメンバーだけではない。いつもの五人に一年生が三人、それもその三人の内二人は令も良く知る人物なのだ。

「それは私も含めた意味なんでしょうか?何だか私一人だけが浮いている気がして………」
「勿論祐巳ちゃんも隣の由乃ちゃんたちと同様の理由で来てもらっているんだから気兼ねする必要は無いわ。それに私と祐巳ちゃんは知らない関係じゃないんだからさ♪」
「ロ、黄薔薇さま!誤解を招くような事を言わないでください!」

 一人は入学式で知り合った福沢祐巳という新入生、もう一人は

(令ちゃん、これってどういう事なの?)
(私も何がなんだか解らないんだって)

 令にとって従姉妹である島津由乃である。この二人だけなら江利子がまた何か企んでいるのだと推測できるが、三人目に令は見覚えがなかった。

「コホンッ、とにかく白薔薇さまも怖〜い顔をしているから本題に移らせてもらうわ」
「そうね、私の理性の残っているうちに早いところ説明してもらおうじゃない。仮にも白薔薇さまである私に何一つ相談せず始めたこの茶番の説明をね」

 聖のあまりの剣幕に一年生たちは萎縮してしまっている。それは無理もない話しだろう。令から見ても今の聖は普段の江利子とのじゃれ合いの比ではないのだから。

「まず聖に相談しなかった理由は至って簡単、相談しようにもここ最近の聖はロクに薔薇の館に来ないから。来もしない人に相談はしようがないからね」
「だからって___」
「勿論それだけじゃないわ。だけどこれに習って今後はあまりサボらないでよ。ここ最近私と祥子と令の三人で遣り繰りしてきて大変だったんだからね」

 と、聖だけじゃなく江利子にも皮肉を込めて言い、今度は祐巳たちに視線を移す。

「聞いてくれた通り薔薇さまといっても千差万別、世間で騒がれる割りにロクに仕事をしてくれないことがあるのよ。そこで貴女たちを呼んだ理由に繋がるわけなんだけど」
「もしかして紅薔薇さまは私たちに山百合会の仕事の手伝いと白薔薇さまと黄薔薇さまのお目付け役をしろと仰るのですか?」

 勘のいい由乃は蓉子の真意を瞬時に推理し、志摩子もまたそれに似た推測を立てる。もっとも若干一名は話しについてこれずにオロオロしていたがそこは敢えて割愛させてもらう。

「惜しい!由乃ちゃん中々いい所を突くね。でもそれじゃあ百点は出せないね」
「はぁ、本当は黄薔薇さまにもお目付け役があった方がいいのは確かなんだけどね」

 嘆息を漏らしながら蓉子は祥子と聖の肩にそれぞれ手を置き、江利子は令の両肩に手を置く。

「貴女たちのお目付け役の相手はこの三人、私の妹である令と紅薔薇のつぼみの祥子、そして白薔薇さまよ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「これこれ祐巳ちゃん、声が大きいって。祐巳ちゃんが大げさに驚くから横の二人が別の意味で驚いているじゃない」
「はうっ!」

 思わず身を乗り出した祐巳が顔を真っ赤にしながら席の戻るの同時に今度は聖と祥子が身を乗り出す。

「ちょっとそれはどういう意味よ!」
「白薔薇さまや令はともかくどうして私までお目付け役をお付けになるんですの!?」

(白薔薇さまや私はともかくって………祥子も何気に酷いよ)

 当然令も祥子や聖同様に事の真偽を問いただそうとしたかったのだが、二人の剣幕に押され何も言えなかった。

「白薔薇さまも祥子も私の理想は知ってるよね?より多くの学生が親しまれる開かれた薔薇の館を作ること、だけど今のままでは理想止まりになってしまう。良くも悪くも私たち薔薇ファミリーは必要以上に神聖視され過ぎて一般の生徒には馴染み難いのよね」
「で、それを改善する為にも新入生の中から抽選で選んだ三名に山百合会の仕事を通して交流を深めていこうってわけ。まだテストケースの企画だから予定だから期間は一ヶ月の予定よ」
「そして彼女たちにはつぼみである祥子と令、そして白薔薇さまのサポートをしてもらうわ。妹不在も原因なんだけどそれ以上に白薔薇さまには今回の仕事を通して日頃の生活を改めるいいきっかけになると思うの」

 日頃ロクに仕事をしようとしない聖にとっては耳の痛いところである。だからといって祥子が聖の巻き添えを喰らうことに納得できるわけではい。

「でしたらそれはお姉さま方がご自身の手で行えばいいだけじゃないですか!」
「あら、薔薇さまとしての仕事と受験勉強で忙しい受験生にさらに仕事を増やそうというの?」
「そ、それは………」
「それにね、これは祥子のためでもあるのよ」

 育ってきた環境も原因してか、祥子は大抵のことは何でもこなすことが出来る。勿論ただ色々なことができるだけなら蓉子や江利子にも言えること、だが彼女たちと祥子の決定的な相違点は祥子の場合できることが当たり前だと思っているところである。だが人間誰しも得手不得手があり、自身に出来たからといって必ずしも他の人も同じように出来るとは限らない。その事をちゃんと理解しているかいないかが双方の決定的な違いであり、その違いが双方の交友関係の違いにも大きく影響を及ぼしているのだ。

「次期紅薔薇さまである以上もっと多くの一般生徒と触れ合えれるようにならないといけないわ。これは私が姉として祥子に与える試練であり、命令と思ってちょうだい」
「………解りました、お姉さまがそこまで言うのであれば私からは何も言うことはありません」
「令はどう?」
「ええ、私も問題ありま………」

 最初は蓉子の崇高な理想に一年生たち同様に感動と共感を抱いていたので即承諾しようとした。だがふと思いとどまってしまう。何故ならこの企画、初期の目的そのものは蓉子の立てたものでもその企画の考案に江利子も参加しているのだ。何か裏があるのでは?と勘繰るのは無理もない話しである。その上江利子はしてやったりと満面の笑みを浮かべているのだ。

「………せん。お姉さま方のご提案、謹んでお受けします」

 だが江利子がこういう顔をしている時に令が何を言っても聞きそうにないのは火を見るより明らか、下手な抵抗をしたところで恥を掻くだけである。ならここは素直に了承し、別の方法をとるべきである。

「ただこれはこれはあくまで私が、です。何をするにしても彼女たちの意思を尊重するべきではないでしょうか?」

 いくら薔薇さまと呼ばれる彼女たちの発案とは言え、全てが通るわけではない。むしろ薔薇さまたちの発案だからこそ一介の生徒には荷が重く感じるだろうし、芯の強い由乃の性格上きっちりと断ると思ったからだ。

「まぁ私たちも今すぐ彼女たちにお願いするつもりもないし、当然考える時間は用意するわよ。返事は早い方が嬉しいけど一週間以内でどうかな?」
「私は別に構いませんよ」
「「えっ!?」」

 予想外の由乃の行動に思わず祐巳とハモってしまう。令の考えでは由乃なら断るはず、もし断らなくとも祐巳か志摩子がそれとなく拒絶の意を示すだけでも違うのだ。だがここで由乃が承諾してしまっては祐巳も志摩子も断り辛くなってしまう。

「部活も委員会もやっていない身ですし、何よりこのような貴重な経験を逃すのも勿体無い気がしますからね」
「うんうん、由乃ちゃんは理解が早くて助かるわ。じゃあ祐巳ちゃんと志摩子さんはどうする?」
「志摩子さん、どうする?」
「どうと言われても………」

 案の定由乃に先手を打たれたことで断り辛くなっている。それに祐巳の性格上江利子や蓉子に期待の眼差しで見つめられ続けては断れるはずもなく

「本当に私でいいんでしょうか?」
「心配しなくても大丈夫よ祐巳ちゃん。今回の選考は私が自信を持って選んだんだから♪」
「な、なんか余計に不安になってきたんですけど………」

 結局志摩子もこれと言って断る理由がないと、承諾する形となった。

「じゃあこれから一緒に仕事をしていくのだから自己紹介してくれないかしら?私はお姉さまや黄薔薇さまと違ってあなた達の事は何一つ知らされてないのだから」
「祥子の言うことももっともよね。じゃあまずは由乃ちゃんからお願いできるかしら」
「分かりました。一年菊組島津由乃です。リリアンは幼稚舎から通っています………」

 結局令の心配を他所に薔薇様の思惑通りに事が進みそうである。だがこの先どうなるか憂う令や既に気持ちを切り替えている祥子と違い、聖は終始ご機嫌斜めだった。祐巳たちもその点が気にはなっていたがどうする事もできないのでそのまま自己紹介を続けていくしかなかった。

「じゃあ最後は祐巳ちゃんね。せっかくなんだからありきたりな自己紹介はしないでよ」
「えぇぇぇぇぇぇ!?黄薔薇さま、私にどうしろと仰るんですか!?」
「それはもちろん楽しいこと♪」
「ちょっと江利子、初日からからかってどうするのよ」

 急にそんなことを言われても無難に自己紹介を済ませようとしていた祐巳が即席で面白い自己紹介などできるわけがない。

「いいじゃない、これから付き合っていく以上これくらい慣れてもらわないとね」

 蓉子が止めるのも聞かず、期待の眼差しを祐巳に向ける。

(うぅ………、あの目は無難な自己紹介なんて絶対許してくれそうにない目だ)

 しばし考えた後、結局お蔵行きになった自己紹介用のネタがあることを思い出す。

(蔦子さんは止めた方がいいと言ってたからちょっと普通とは違うのよね。これなら黄薔薇さまも納得してくれるかも)

「解りました。黄薔薇さまの趣向に合うかどうかは解りませんができる限りの事はしてみます」
「期待してるわよ」
「先ほどの志摩子さんと同じ一年桃組の福沢祐巳と言います」

 出だしはあくまでセオリー通りに、そして温存していたネタを持ち出す。

「我輩は………狸である」
「………………………………」×7

 場の空気が一瞬で氷点下に落ちた気がした。どう見ても外したっぽいこの状況で続けていいのか悩んでしまう。

「ぷっ」
「へ?」
「あははははは、やっぱり祐巳ちゃん最高♪ネタとしてはイマイチだけど普通そんな自己紹介なんてしないわよ」

 奇しくも江利子の壺にはまったらしく少なくとも笑いは取ることができた。最もこれを素直に喜んでいいかは別であるが。

「黄薔薇さまが何かしろと言ったからじゃないですか」
「二人ともどうかしら?見ていてコロコロ変わるこの表情、見ていて飽きないと思わない?」
「まぁ今までに無いタイプではあるね」
「否定はしないよ、というかちょっと気に入るかも………」

 こんな形で皆の憧れの的である紅薔薇さまや白薔薇さまに気に入られても嬉しくないと言うのが本音だろう。当然祐巳は頬を膨らませ反論する。

「黄薔薇さま、人をおもちゃのように扱って何が楽しいんですか!?」
「いや〜、本当祐巳ちゃんって行動一つ一つが愉快で良いわ♪」
「黄薔薇さまっ!!」

 度重なる仕打ちにさすがの祐巳も相手が薔薇さまだと言う遠慮がなくなってきたようである。

(江利子ったら自分が楽しみたいから祐巳ちゃんを選んだじゃないでしょうね?)
(これから先が思い遣られると思ったけど祐巳ちゃんのお陰であまり肩肘張らずに済みそうだな〜)
(黄薔薇さまに気に入られるなんてご愁傷様ね)
(う〜ん、確かに見ていて楽しい人かも。これを機にお友達になれると良いな)
(祐巳さんって楽しい人なんですね)

 様々な評価を受けるものの誰も助けてあげようと思わないようである。薔薇ファミリーは江利子の性格上今の江利子を止めるのが難しいとわかっているから、由乃と志摩子は福沢祐巳という人物の観察に勤しんでいるという理由からである。だが捨てる神あれば拾う神有り、一見一同に見捨てられたと思われた祐巳にもちゃんと救いの手はあったようである。

「お姉さまもいい加減にして下さい!祐巳ちゃんが困っているじゃないですか」
「あら令、私の楽しみを邪魔する気?」
「邪魔の一つや二つぐらいしますよ。訳の解らないまま初めて薔薇の館に来た上、お姉さまにからかわれ続けられては祐巳ちゃんが可愛そうじゃないですか」
「あらあら、珍しく反抗期しちゃってさ。後輩ができるとこうも強気になれるものなのかしら?」

 今度はターゲットを令に移すのだと誰もが思った。だが、

「まぁそれはいいわ」
「え?」

 意外にも江利子はすぐに引き下がった。

「紅薔薇さまの言うように初日からちょっとからかい過ぎたかもしれないしね。それに祐巳ちゃんばっかり可愛がっては由乃ちゃんたちに失礼だからね」

 既に『黄薔薇さまに可愛がられる=玩具にされる』という定義を理解している由乃と志摩子は目を逸らしたり笑って誤魔化している。

「はぁー、ともかく今から祥子たちに今後の説明をするから三人は明日から付き合ってもらうわ。それでいいかしら?」
「あの紅薔薇さま、それは構ないのですが私たちに白薔薇さまたちのサポートを望んでいるようですけど私たちが担当する相手は決まっているのでしょうか?」
「今のところ二日交代で担当を変えていく予定よ。だから1週間で三人全員を担当してもらうつもりよ」

 リリアンには今時珍しく週休二日制ではない。月曜から土曜まで六日間通学するのだ。せっかく三通りの組み合わせと六日と言う条件が揃っているのだから一週間を二日ずつに分けた方が良いと言うのが蓉子の考えである。

「明日明後日の組み合わせはこれから相談するから三人は今日のところはもういいわよ」
「そうですか、ではお先に失礼します」
「ええ、ごきげんよう」






「薔薇さまたちって色んな意味で凄かったね」

 薔薇の館からの帰り道、三人は先ほどの顛末について話し合っていた。

「私にはそんな薔薇さまたち相手に堂々と対応できていた由乃さんや志摩子さんだって凄いと思うけどなぁ」

 何せ祐巳はひたすら驚いていただけである。由乃と志摩子のように驚いてもオーバーなリアクションはせず、聞くべきことはキチンと聞くようなまねは何一つできなかったのだ。

「堂々って………私だって緊張してましたよ」
「私だってそうよ。ただ令ちゃ………令さまが見ている前で情けない姿を晒したくなかっただけよ」

 つい、いつもの調子で言いかけて慌てて言い直す。が、

「由乃さんって令さまの知り合いなの?」

 志摩子の耳にはちゃんと聞こえ、その言い方でそれが何を意味するか察したようである。

「しまった………でもまぁいいか。どうせ早いか遅いかの違いだしね」

 本当なら令の妹になってから公式の場で発表したかったのだが、バレてしまっては仕方ない。それに暫らく一緒にいる以上この二人に隠し事はあまりしない方がいいだろう。もしかしたら友達になれるかもしれないのだから。

「ええ、志摩子さんの言う通りよ。でも知り合いと言う程関係は浅くないわ」
「浅くないってまさか………」
「あ、別にロザリオは渡されて無いわよ。私が言いたいのは幼馴染兼従姉妹ってことよ。それに家も隣通しだから家族ぐるみでのお付き合いも同じぐらい長いの」

 とは言え、本当なら既にロザリオは渡されていると公言したかった。このような茶番に令を巻き込んで欲しくなかった。だが現実はこの茶番に令が参加し、由乃以外の一年の娘が参加している。それが由乃には許せなかった。

「令さまと従姉妹の上、家まで近所ってちょっと羨ましいかも。私は長女で兄や姉にあたる人がいないからね」
「祐巳さんは一人っ子?」
「下に年子だけど同学年の弟がいるよ。でも最近ちょっと生意気になって可愛げが無いな〜」

 だけど許せない反面、この出会いも大事にしたいと言う思いもあった。令に言われたからではないが、彼女となら対等な友達なれるような気がしたからだ。

「へ〜、じゃあ見た目とか似ているのかな?」
「よく似ているって言われてるよ。まぁ素材は一緒だからね」
「素材って、祐巳さんったら………」

 相変わらずのボケボケ振りに由乃も志摩子も思わず笑ってしまう。

(この調子ならこの企画は楽しいものになるかも)

 令と疎遠になっていたことは由乃も気不味く思っていた。そして中々素直になれなかったことも………だがこの企画を口実に令と向き合うこともできるし、祐巳という面白そうなオマケまで付いている。志摩子は………今の由乃には志摩子がどういう人間なのかまでは測りきれなかったが、少なくとも悪い人間でないのはなんとなく理解している。

(早く明日が来ないかな)

 この時はこの企画が由乃にとってチャンスだと思えた。そう、誰かさんのようにこの時は、である………




















  もし宜しければ下記ファームかメール又は掲示板に感想を頂けたら幸いです。


         <第三話>   <第五話>


名前(匿名でも構いません)  
Eメール(匿名でも構いません)
URL(HPをお持ちであれば) 

この作品の感想を5段階評価で表すとしたらどのくらいですか?


メッセージがあればどうぞ






inserted by FC2 system