初めは本当に些細な変化だった。今思い返してもいつ心変わりしたのか明確な時期は分からない。そのぐらい些細な変化だった。だがその変化に気付いた時、彼女の瞳は少女とは別の娘を視ていたのだ。

「ねぇ令ちゃん、令ちゃんから見て私ってうまくやっているかな?」
「突然どうしたのよ?」
「このまま私が山百合会の仕事を続けていけれるかどうか、ってこと」

 仕事が出来るか否かを言うなら由乃は間違いなく出来る方である。しかも心配の種である心臓の方も入学式以降は至って順調。令も一安心ではあるはずだが、

「確かに由乃は贔屓目抜きで見てもよくやっていると思うよ。でも………」

『だからと言って今すぐ由乃を妹にするかどうかは別の話し』令のバツの悪そうな顔はそう語っていた。

「心配しなくても別に今直ぐロザリオを頂戴とは言わないわよ。正直今の生活も気に入っているからね」

 嘘は言ってない。薔薇の館の客人として招かれて今日まで薔薇さまたちから歓迎され、友人も出来た事に文句はない。

「ただ令ちゃんはいつになったらロザリオをくれるの?」
「だからそれは……」

これから先のことはよく覚えてない。と言うより覚えていたくなかったと言うべきだろう。ただ一つ言えるのは私の中で一番の親友になると思っていた人が私にとって一番の敵なのだと痛感したということだ。












「やっぱり止めておけばよかったかな」

 本日3度目になる溜息を漏らす。

「そう思うなら最初から借りるなよな。祐巳の方から借りたい、って言うから貸しただけなんだから」

 現在私が着ている服は祐麒が誕生日に両親で買ってもらったジャケットなのだ。このジャケットは私も気に入っていたので一度これを着て外へ出かけてみたかったので今回祐麒から借りてみたのだが、

「とは言え確かによく似合っているよな」
「分かっていても口に出さないでよ。私も後で後悔しているんだから」

 そう、このジャケットは祐麒だけじゃなく私が来てもよく似合っているのだ。女の子であるはずの私が着ても、である。最初は似合っている事に喜んでこそいたが、よくよく考えると祐麒に合ったサイズのはずのジャケットが似合うという時点で私の女としての尊厳が大きく損ねてしまっている事実に気づいたのだ。

「祐麒、もうこの際だから祐麒のニット帽も貸してよ。それ着けてたら街中で誰かに会っても誤魔化しが効くから」
「はいはい、ニット帽でも何でも持っていけよ」

 そう言って祐麒の被っていたニット帽を装着して変装完了、蔦子さんでもない限り学校のみんなに私だと気付かれる事はないだろう。

「じゃあお父さんとの約束の時間までまだ余裕あるから俺はちょっとこの辺の店を見て回るよ。祐巳はどうする?」

 今回私たちは家族で昼食を食べに行く約束をしているのだ。もっともお父さんとお母さんは昼食の前に時代劇モノの映画を見に行っているので私たちは後で合流する予定だった。だが予想より早く着いたようなので二人とも暇を持て余しているのだ。

「私はそこの本屋で新刊のチェックかな。とりあえずお互い時間になったら現地集合で良いでしょ?」
「あぁ、それで構わないよ。じゃあ後でな」
「うん、時間に遅れないようにね」

 『祐巳の方こそ遅れるなよ』なんて生意気な口を言って去る弟を見て女の子としてだけじゃなく、姉としての尊厳まで地に落ちているような気がする。でも悔しいけど弟のはずの祐麒の方がしっかりしている節があるのだ。

「容姿だけなら大差が無いんだけどね」

 ショーウィンドに映った自身の姿を見て再び溜息を漏らす。大差が無くて困っているのはこの容姿も原因なのだから。

「おい、福沢!!」
「はい?」
「先日の借り、しっかり返してもらおうか」

 突然後ろから声をかけられる。初めてのナンパにあったのだと思ったがどうもそんな様子ではない。私が現状を把握する前にいつの間にか強面の三人に囲まれてしまう。

「あの、人違いじゃないんですか?」
「何だと!お前、さっき『福沢』と呼んで返事したじゃないか」
「そ、そうですけど私は貴方達の事を知らないんですけど………」

 親戚も少なく、幼少の頃からリリアンに通っている私に男の知り合いはごく少数。少なくとも私の知っている中に彼らは居ない。

「手前ぇ、あくまで俺たちのことは眼中に無いってわけか」
「そ、そう意味じゃなくて本当に知らないんです」
「会長に目をかけられているからっていい気になりやがって!!」
「く、苦し………」

 胸倉を掴まれて呼吸がし辛い。何で私がこんな目に合わないといけないのだろう。

「今日は会長も薬師寺もいないからな。骨の一本や二本位は覚悟してもらうぞ!!」
「痛っ!」

 掴んでいた胸倉を突き飛ばすように離され尻餅をつく。尻餅をついた痛みに顔を顰めるが彼らは手を休める気はなく、そのまま頭を掴もうとする。

「あっ!?」
「福沢ってこんな髪型してたっけ?」
「そういえばさっき胸倉を掴んだ時も何か柔らかい物があったような………」

 本当は髪を掴むつもりだったのだろう。だけど今の私は祐麒から借りたニット帽を着けていたのでニット帽ごと髪を掴もうとしたのだ。だけど掴めたのはニット帽だけで私は彼らの手から辛うじて逃れれたのだ。

「おい、どするんだよ。どうやら別人のようだぞ」

 ニット帽で隠れていた私のツインテールを見てようやく別人だと気づいたのか、彼らは動揺を隠せないでいる。

「い、いやこれは福沢が髪型を変えただけじゃないのか?実は有栖川のような趣味の持ち主だったとか」
「お、おい!お前の名前はなんて言うんだ?」
「リ、リリアン女学園高等部一年の福沢祐巳です」

 学校名を言うべきかどうかは一瞬悩んだけど、天下のお嬢様学校の生徒と聞けば手を引いてくれると思って敢えて学校名付きで名乗ってみた。これが労したのか彼らの顔色は真っ青になって今にも逃げ出しそうな勢いである。

「や、やばいぞ。だから俺は福沢に手を出すなんて止めておけって言ったんだよ」
「お前だってノリノリだったくせに今更何言っているんだよ」
「ちっ!とんだ藪蛇じゃないか。これと言うのも全部福沢の所為だ!」
「あの、私も一応『福沢』だからあまり『福沢』を連呼をしないでよ」
「ん、待てよ。お前も『福沢』なんだよな?」

 何を思ったのか、急にこちらに向きなおして改めて私を品定めをするようにまじまじと見る。

「は、はい。そうですけど私は貴方達の探している『福沢』じゃないですよ」
「いきなりどうしたんだ?」
「いや、こいつの顔をよく見てみろよ。確かに髪型もそうだが声からしてあの『福沢』じゃないのは間違いない。だけど___」
「っ!?」
「似ているだろう?」
「あぁ、おい!お前に兄弟か、従兄弟に祐麒って奴がいるだろう?」
「祐麒は私の弟___」

 これが不味かった。せっかくこのままいけば開放されるはずだったのに状況は急転し、彼らは再び私を囲んでくる。

「だったら何の問題もないな。こいつを餌にアイツを呼び出せばいいだけだしな」
「そう言う事だから『福沢』さん、ちょっと付き合ってもらおうか」

 そう言って彼らは私の腕を掴みどこかへ連れて行こうとする。

「嫌っ!離してよ」
「つべこべ言ってないで早く来いよ!!」

 パンッ!!

「あっ」
「『福沢』さん、俺たちはこれでもフェミニストだから手荒なまねはしたくないんだ。だから大人しくついて来てくれないかな?」

 口調は柔らかでも決して拒絶は許さない彼らの気迫に呑まれて抵抗できなくなってしまう。

「じゃあ俺たちと一緒に来てもらおうか」
「フェミニストを語るぐらいなら人攫いなんてするもんじゃないよ」
「何だ、手前ぇ___」

 バキッ!

「がはっ!」
「これ以上祐巳ちゃんに手は出させないよ」
「令………さま………」
「俺たちの邪魔をする気なら___」

 彼らが懐から何かを出すより先に首元に木刀を突きつけられ、指一本動かせなくなってしまったようだ。

「二度も言わない、早く私たちの前から消えなさい。さもなければ………」
「お、おい、ずらかるぞ!」

 これ以上続けても分が悪いと判断したのか、彼らは脱兎の如く走り去っていく。

「祐巳ちゃん、大丈夫だったかい?」
「れ、令さまーーー!!」

 令さまの顔を見て安心したのか、彼らがいなくなった所為か、あるいはその両方なのか、緊張の糸が切れた私は令さまに抱きつき子供のように泣き始めてしまう。

「もう大丈夫だから、私が傍にいるから………」

 令さまに優しい言葉をかけて貰ったのに私は令さまにお礼も言わずにしばらく泣きじゃくってしまう。そして令さまの下でなくだけ泣いた私はようやく落ち着き、やっと冷静さを取り戻せた。

「み、見苦しいところを見せてしまって申し訳ありません」
「祐巳ちゃんが無事ならそれでいいよ。それより本当に怪我とかはないかな?」
「は、はい、お蔭様で」
「じゃあこれから予定とかあるの?」
「家族と昼食を食べに行く予定が………」

 気がつくと既に約束の刻限を過ぎていた。

「す、すいません。急いで約束場所に向かわないと両親に心配をかけてしまうので………」
「そうなんだ。じゃあ途中まで送っていってあげるよ」
「ありがとうございます」

 これ以上令さまに甘えるわけにもいかない。だから遠慮の旨を伝えるべきなのにまたも令さまに甘えてしまう自分がいる。

「じゃあ行こうか」
「はい」

 その時私の手を握ってくれた令さまの手は誰よりも暖かかく、そして安心させてくれる温もりだった。













「ちっ!ついてないぜ」
「全くだな、まさかあんな邪魔がくるなんて………」

 令から逃げた男たちは先ほどの一件の悪態をついていた。

「仲間集めてアイツもシメるか?」
「その前に俺がお前たちをシメてやるよ」
「「「っ!?」」」

 バキッ!!

 男たちがその存在に気づいた時には仲間の一人の顔に拳が叩き付けられていた。

「二度と祐巳に手出しできないようにしてやる!!」


………………………………………………………


………………………………………


………………………


「その辺で止めるんだ」
「はぁはぁはぁ」

 目の前には既に意識を失った三人の体が横たわっていた。

「こんな連中の為に警察にお世話になっても仕方ないだろ。後は僕に任せて祐巳ちゃんの下に行ってあげるんだ」
「お手数おかけします」
「いいんだよ、これは僕の責任でもあるし、何より可愛いユキチの為だ。この程度の苦労は喜んで買うさ」

 そう言ってくれた先輩に一礼をし、少年は姉の元へと駆けていくのだった。







          ◇   ◇   ◇







「ごきげんよう、祐巳さん」
「ごきげんよう、志摩子さん。志摩子さんは休日はどう過ごしたの?」

 月曜の早朝、まともに話すようになったのは一月も過ぎていないのに今では長い付き合いだったと錯覚するぐらい親しくなったであろうクラスメイトと朝の挨拶を交わす。

「私は実家のお手伝いと日舞の稽古をしていたわ。祐巳さんは?」
「私の方は家族で昼食を食べに………」
「祐巳さん?」

 言いかけて先日強面の三人に乱暴された事を、そしてあの時の恐怖を思い出し今更ながら足が震えてくる。

(もしあのまま令さまに助けてもらわなかったらどうなったんだろう………)

 彼らが本当に報復したかったのは祐巳ではなく弟の祐麒である。あのまま彼らの思惑通りに事が運べば祐巳だけではなく祐麒にもその累が及ぶことになっていただろう。

(一部とは言え反感を買っているのに祐麒は本当に大丈夫なのかな?)

 あの後祐麒にそれとなく学校での事を聞いてみたが『問題が無いとは言わないけど深刻な問題は無いよ。問題を起こしそうな連中には釘を指しているからね』と、見たところ強がりを言っている様子が無かったので深くは追求できなかったのだ。

(でも令さまがいてくれて本当に助かったな。もう一度きちんとお礼を言わないと………)

「祐巳ちゃん、志摩子、ごきげんよう」
「ごきげんよう、令さま、由乃さん」
「ほえ?」

 噂(?)をすればなんとやら、令に声をかけられるたものの考え事をしていたので反応が遅れてしまう。

「ごきげんよう、令さ___」
「ごきげんよう、祐巳さん、志摩子さん」

 祐巳が言い終える前に祐巳と令の間に割って入るように由乃が前に出る。

「ちょっと由乃___」
「実はちょっと二人に相談があるから今からちょっと時間を貰えないかしら?」
「え、え〜と私は構わないけど」
「私も構わないわ」
「じゃあ令ちゃん、そう言う訳だから私たちはここで失礼するね」
「あ、うん」

 そう言って二人をどこかへ連れて行き、令は一人ポツンと取り残されてしまう。

「はぁ、あの様子だとやっぱり昨日の事で機嫌を悪くしているよね」
「昨日の事って何があったの?」
「お、お姉さま!?」
「ごきげんよう、令。朝から随分な顔ね」

 突然背後から江利子に声をかけられ思わず間抜け面を晒してしまう。

「ご、ごきげんよう、お姉さま」
「で、さっき言っていた昨日の事って何なの?」
「お話しするほど大した事は___」
「何の事なの?」
「………………」

 いくらお姉さまである江利子とは言えあまり話したくはなかったが、とても見逃してもらえそうにないので渋々先日の一件について話し始める。

「で、祐巳ちゃんのピンチを助けることはできたけど、その事で満足し過ぎてそれまで一緒にいたはずの由乃ちゃんの事を放ったらかしにしてしまったと言う訳ね」
「全く持って仰る通りです」
「それじゃあ由乃ちゃんが怒るのも無理ないよね」
「お姉さま、私はどうしたらいいんですか?」

 先程とは打って変わって江利子に縋り付く様に知恵を借りようとする。

「そうね、手が無い事もないけど………」
「何でも構いません。何か手があるなら是非!」
「じゃあさ、彼女たちに山百合会のお手伝いに来てもらうのは今日限りで終わりにしようか」
「え?」
「この企画が終われば委員会の仕事をやっている志摩子はともかく、特に部活も委員会もしていない祐巳ちゃんとの接点はなくなるから由乃ちゃんがヤキモキする事も無くなるわよ」

 確かに由乃と仲直りし、今後もうまくやっていくことは令の望む事である。

「実際聖も祥子も良い意味で変わったわ。これから先は私たちが手を貸す必要もないし、何よりこれ以上彼女たちの貴重な学園生活を割いてもらうわけにもいかないでしょ?」
「………やです」
「じゃあ早速蓉子にこの旨を伝えにいかないとね」
「それは嫌です!!」

 だがだからと言って祐巳と共に過ごせる貴重な時間を手放せるかどうかは別の話である。

「いくら由乃と仲直りするためでも祐巳ちゃんと過ごす日々を失うのは嫌です!」
「じゃあ祐巳ちゃんと由乃ちゃん、どっちが令にとって一番なの?」
「っ!?」

 それは令も一度は考えたこと、だが令はその答えを出すことから逃げていた。一つを選べば一つを失う事になる、そんな選択など令にはできるはずもなかった。

「答えが出ないうちは何をやってろくな結果は出ないわ。まずは令自身の気持ちの答えを出してからにしなさい」
「私の気持ち………」

 だが令の意思とは裏腹に現実は令に選択を迫っている。

「ただしいつまでも時間をかけている余裕がないことも忘れては駄目よ。由乃ちゃんも当然だけど祐巳ちゃんや祥子だっていつまでも待ってはくれないんだからね」
「はい………」







          ◇   ◇   ◇







「令、由乃ちゃんを見かけなかったかしら?」

 放課後、掃除を終えた令に祥子が開口一番に言ったことはリリアン独自の『ごきげんよう』ではなく、由乃の居所についてだった。だが昨日今日の付き合いではない令にとってその程度のことはさして問題ではなかったので揚げ足を取らずに質問に答える。

「朝は一緒だったけどそれ以降は知らないよ。でも祥子が由乃のことで尋ねてくるなんて珍しいね」
「本当は祐巳に用があったのよ。でも桃組に行っても祐巳も志摩子いなかった、なら由乃ちゃんと一緒にいると思ったのよ」
「だから私に由乃の居所を尋ねた訳ね」

 祥子の今日の担当は由乃であるにも拘らず彼女の一番はあくまで祐巳一筋。由乃の事を蔑ろにしているようにも見える祥子の態度に苛立たないわけでもないが、反面どちら着かずの現状の令にとって祥子の祐巳一筋の態度は羨ましくもあった。

「見た所随分と急いでいるようだけど何も今直ぐじゃなくても薔薇の館でいいじゃない」
「確かにその通りだけど………」
「一体何があったのよ?」
「藤組の七瀬さんが祐巳にロザリオを渡そうとしたのよ」
「えっ!?」

 多くの学生たちはもうじき六月に入ろうとするこの時期には姉妹を作っているのが一般である。故に未だに妹が出来ないでいる二年生にとって未だに姉姉のいない一年生の争奪戦が激化する時期でもあるのだ。

「結局祐巳はその誘いを断ったからいいものの………」
「そっか、祐巳ちゃんはちゃんと断ったんだ」
「でも、もし今後祐巳が少しでも関心を持つような人が祐巳にアプローチをかけてこないとは限らないわ」
「祥子はどうするつもりなの」

 それは解りきった問いかけだった。何故なら祥子の手には本来胸に掛けているはずの物が握られていたのだから。

「祐巳たちが山百合会の仕事を手伝ってくれている今の生活もいつまでも続くものじゃないわ。ましてや他の人が祐巳に手を出してくるようになった今であれば尚更よ」
「だからって何も今すぐに妹に迎えようとするのは時期尚早じゃないかしら?」
「それは私だって解っているわ。でも私が祐巳を妹に迎えようとするのは個人的な理由だけじゃないわ」
「それって白薔薇さまのこと?」
「ええ、そうよ」

 いくら蓉子と江利子から何も話されてないとはいえ、二人が祐巳たちを薔薇の館を招いた理由にいつまでも気付かないままでいるほど祥子と令は鈍くはない。

「最初はやたら祐巳ちゃんに構っていたから気付けないでいたけど白薔薇さまの本命は祐巳ちゃんじゃなく志摩子、そしてお姉さまたちは栞さんの一件と同じ轍を踏まない為に二人の仲を取り持ちつつ私たちとの繋がりも持たせようとしていた」
「でも肝心の白薔薇さまは志摩子との関係に一歩踏み出せずにいる。それが今の白薔薇さまの処世術なんでしょうけどあれでは志摩子がもたないわ」

 二人は決してお互いを求めようとしない、ただお互いが傍にいるだけで満足している節がある。だがそれは蓉子と江利子の企みによって一定以上の距離を保っていられる今だからこそ通じることである。

「こういう言い方はあまりしたくないけど今年で卒業する白薔薇さまはまだいいわ、卒業間近の戯れの一環ですむから。でも志摩子には白薔薇さまとの間に明確な、姉妹という絆を持つべきなのよ。でないと志摩子は………」

 志摩子があまり感情を表に出さないとはいえ、彼女が今の生活が快く思っているのは誰の目にも承知済み。だが志摩子は未だに自身を表に出そうとせず、一歩引いた位置に立っている。それは敬虔なクリスチャンらしい謙虚さからきているものもあるだろう。だがそれ以上に志摩子は自身の存在に後ろめたさを抱いている、それが祥子には危なげに見えて仕方ないのだ。

「志摩子が将来どういう道を進むかは別にしろ、せめてリリアンにいる間ぐらいは年相応の青春を過ごしてほしいわ。だからこそ志摩子には白薔薇さまが必要なのよ」
「その為のお膳立ての一環で祐巳ちゃんを妹にすると言うの?」
「私が祐巳を妹に迎え、且つ白薔薇さまと志摩子が姉妹になればまさに一石二鳥、そう思わない?」

 確かに祥子の言うことも尤もな話である。祥子がそうであるように令も志摩子のことも大切な仲間の一人だと考えているのだ。だからこそ志摩子には幸せになってほしいとは思っている。だが

「だからと言って祐巳ちゃんを妹に迎えるのは反対よ」
「それは私に祐巳を取られるのが気に入らないからかしら?」
「………仮にそうだとしたらなんだって言うのよ」

 誰よりも先に祐巳と出会ったのは令、最初に祐巳に目をかけたのも令、たとえ祥子と言えど後から来た者に譲るつもりなど令には毛頭無いのだ。だがそんな令が凄みを利かせて言った発言に祥子は動じた様子も無く、むしろ侮蔑の眼差しを向けながら一言、

「話にならないわね」
「なっ!?」
「私は祐巳を妹に迎えたいと思っている、例えお姉さまに反対されようともね。でも貴女はどうなのかしら?『仮にも』なんて遠回しな言い方からして祐巳と由乃ちゃんのどちらが大事なのか決めかねているんじゃないかしら」

『ただしいつまでも時間をかけている余裕がないことも忘れては駄目よ』

「好き勝手言ってくれるけど祥子に私の何が分かるというの」
「分からないわね、少なくともどっちつかずの優柔不断の気持ちなんてね。でも一つだけ言えるわ。この私はそんな優柔不断に負けはしないわ」
「っ!!」

 反論できなくなった令にこれ以上話す気は無いのか、祥子はそのまま令に見向きもせずにその場を後にする。

『由乃ちゃんも当然だけど祐巳ちゃんや祥子だっていつまでも待ってはくれないんだからね』

 江利子の言っていた通りだった。現状に満足するあまり問題を先延ばしにしていたツケがついに訪れたのだ。

「私は一体どうしたらいいのだろう」

 仮に祥子が祐巳を妹に迎えても祥子が紅薔薇のつぼみである以上、令と祐巳の接点が無くなる訳ではない。むしろその方が令にとって由乃を裏切らず、且つ祐巳との交流も続けることが可能な分悪くない話である。

「でもそれだと絶対納得できないだろうね」

 それで納得できない以上結論は一つ、祐巳と由乃のいずれかを選ぶだけである。

「まずは薔薇の館に行こう」

 このまま何もしなければ祥子は祐巳を妹に迎えようとするだろう。そうなってからでは遅いのだ。たとえ本命がどちらであろうと今の令にとってやられねばいけないことはただ一つ、

「少なくとも結論が出るまでは祥子の好き勝手はさせないわ」

 それは端から見れば消極的な一歩かもしれない。いや、もしかしたら一歩すら見えないかもしれない。だが令にとって初めて無意識ではなく意識的に祐巳を盗られたくないと考え、その為に行動に移ろうとした貴重な一歩なのだ。

「由乃のことは………後で考えよう、うん」

 もっともその一歩はポジティブなのかネガティブなのか判断のつけ辛い所ではある。













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