「ごきげんよう」

 月曜日、多くの者が思い思いの日曜を終え再び新しい週が始まった初日にリリアン独特の挨拶が校舎に木霊する。

「ごきげんよう、志摩子」
「ごきげんよう、志摩子さん」
「ごきげんよう、令さ………その顔、聴いた方がよろしいのでしょうか?」
「やっぱり気になるよね」

 天下の黄薔薇のつぼみが頬を赤くしたまま、しかし横にはベッタリと寄り添うように従姉妹である島津由乃を連れているのだ。二人のことを知っている者なら聞かずに流すのはいささか無理な注文だろう。

「志摩子さん、ちょっと聞いてよ。お姉さまったら事もあろうか………」
「は、ははは。まさか病弱な由乃にこれほどの力があるとは思わなかったよ。ま、自業自得なだけでさほど大した問題じゃないから気にしなくても大丈夫だよ」
「う〜〜〜〜〜」

 由乃の言葉を遮る様に令が割って入り、有耶無耶な形で話を終わらせる。だが聡明な志摩子は二人の間の変化に気づいたようで、

「令さま、由乃さん。おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「何だか改めてこういわれるとちょっと照れるね」

 頬の一件で少々気が立っていた由乃も、二人が従姉妹から姉妹に代わったことに気がついてもらえて心なしか気分を好くしたようだ。

「そういう志摩子さんはどうだったの?中々スリルな一日を過ごしてたみたいだけど」
「あれ?何で由乃ちゃんがスリルな一日だって知っているのかな?確かあの時由乃ちゃんたちの姿は見えなかったはずだけど」
「ろ、白薔薇さま!?」

 突然背後から話題の人の片割れの登場に思わず思わず背筋がピンとなる。

「ごきげんよう、白薔薇さま。由乃、挨拶忘れてるよ」
「ご、ごきげんよう。白薔薇さま」
「はい、ごきげんよう。で、先ほどの質問だけど何で由乃ちゃんがそこまで詳しいのかな?」
「え?そ、それは街中を走る二人を見たから………」
「そうなの?私は気付かなかったけど」
「ふ〜ん」

 志摩子と聖がデートしている場に出くわした際、由乃が気付き一緒にいたはずの令が気付かなかった。それだけなら問題はないだろう。だが由乃はこう言っていた『中々スリルな一日を過ごしてたみたいだけど』と、それはつまり

「てっきり江利子の仕業かと思ったら由乃ちゃんの仕業だったわけか。これは意外な伏兵だね、まんまとしてやられたよ」
「ちょっと白薔薇さま、由乃が何か失礼なことをしたのでしょうか?」
「ちょっと令ちゃん、失礼なことって何よ。私はただ志摩子さんたちの幸せを願って………はっ!?」

 気付いた時には既に遅し、あれではこの場にいる一同に先日の一件が由乃の仕業だと自白したようなものである。

「由乃、まさか昨日間接的に手伝ってもらったって事ってこの事なの?」
「え、え〜と、まぁ結果オーライって事で」
「由乃ちゃん、後で覚悟してなさいよ」
「ちょ、ちょっと白薔薇さま、私はあくまで二人のことを思って………」
「安心していいよね、由乃ちゃん。末代まで祟るなんて長い歳月怨み続けるなんてしないから」
「そ、それはどうも」
「だって末代って由乃ちゃんで最後だしね♪」

 それにそれも今日で最後、それを聞いた瞬間由乃は心臓のことなんて忘れて全速力で逃げだした。

「ご、ごめんなさーーーい!!」
「ごめんで済めば警察はいらないわよ!!」

 本気で追いかければすぐに捕まえれるが敢えて捕まるか捕まらないかの距離で追いかけ続ける。

「止めなくていいんですか?」
「いいのよ、どうせ自業自得なんだから。それより由乃が迷惑かけたみたいで悪かったね」
「私は別に気にしてませんわ。ただアイスが勿体無かっただけです」
「アイス?」

 由乃が何か企んでいた事は分かってもそれが何か?そして何故アイスなのかまでは分からないのでそのことを聞こうと思ったが、

「あれ、志摩子。その右手………」

 志摩子に右腕に巻かれた物、それはかつて目の前で由乃と戯れている上級生の持ち物のはずである。それが志摩子の右手にあるということは………

「改めてよろしくお願いしますね、黄薔薇のつぼみ」
「こちらこそ宜しくね、白薔薇のつぼみ」

 これで一年以上も空白だった聖の妹ができ、令にとってつぼみ同士が三人に揃ったのだ。なので令にとっても志摩子が聖の妹になるということは感慨深いものがある。

「となると黄薔薇と白薔薇のつぼみがいる以上後は紅薔薇のつぼみなんだけど………あ、来たようだね」

 校門の方から祥子の姿を発見する。思わず今の気持ちを早く伝えようと声をかけようとするが、祥子の後を追うツインテールの少女を見て声を出すのを躊躇ってしまう。

「ごきげんよう、祥子さま、祐巳さん」
「ごきげんよう、令、志摩子。ところであれは何なの?」
「じゃれ合っているだけなので放って置いてもいいのですが………お姉さま、祥子さまと祐巳さんが登校しましたよ」

 志摩子の呼び声があったので由乃と戯れるのを一先ずおいて祥子と祐巳と向き合う。

「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
「ごきげんよう、白薔薇さま」
「白薔薇さま、祐巳には挨拶するのに私には挨拶はなしですか」
「あら、焼きもち?そっか、祥子は蓉子だけじゃあ飽き足らず私にも可愛がって欲しいわけね」
「何でそうなるんですか!!」
「あ、あわわわわ」

 今度は祥子をからかい始める聖に思わず苦笑してしまう志摩子と由乃に対し、祐巳はどう止めていいやらあたふたしている。だが傍から一見仲のいいグループに見えるが一人だけ表情の重い者がいた。

(祐巳ちゃん、本当に祥子の妹になったのね)

 分かっていた事だがいざ目の前で見せ付けられるとやはり堪えてしまう。だが今の令には島津由乃という妹が既にるのだ。

(いけないいけない、私は由乃の姉なのよ。まだ吹っ切れてなくても現実をちゃんと受け入れないと)

「由乃、日直なんだからそろそろ教室に行かないと。黄薔薇のつぼみの妹がサボりなんて悪評立てないでよ」
「は〜い。じゃあ志摩子さん、祐巳さん。また後でね」

 ごく自然に由乃の姉らしく振る舞い、由乃と供に一足先に校舎へと向かう。

(志摩子は白薔薇さまと、そして祐巳ちゃんは祥子と、そして由乃は私と………)

 何も心配することなく一番理想的な形でこの騒動に幕が閉じるのだ。素直に喜ぶべきことなのに結局令は一度も祐巳と口を利くことができなかった。だから気付く事ができなかった。彼女がどんな顔をしていたかを………







          ◇   ◇   ◇








「お姉さま、ご存知かもしれませんが先日私は由乃を妹として迎えました」
「そう、それが貴女の答えなのね」
「はい、やはり私には由乃が必要なんです」

 休み時間、令は早速姉である江利子に報告に向かった。由乃を妹に迎えたことを伝えるため、そして姉に預けたある物を回収するために

「つきましては以前お姉さまにお預けになったロザリオを返して頂きたいのですが………」
「あれ、由乃ちゃんには私から渡されたロザリオを引き継がせるつもりだったの?」
「ええ、ですからまだ正式にロザリオの授与は済ませていません」

 そうなのだ、令は先日のデートで由乃を妹にするつもりだったのだがロザリオをまだ授与していないのだ。

「そっか、じゃあ私が一時的とは言え令から返してもらったのは失態だったようね」

 実はデートの前日、令たちとは別に江利子も卒業した先代の黄薔薇さま、つまり江利子のお姉さまからデートの誘いを受けていたのだ。そして先代の黄薔薇さまの要望で

『令ちゃんが入学する前みたいに姉妹っぽくデートしましょ。だからロザリオを付けてきて頂戴ね』

 先代の白薔薇さま程じゃないが先代の黄薔薇さまも結構放任主義なところがあったので、今回のように忘れた頃のお誘い兼お願い事にはついつい応じてしまうのだ。

「べ、別にお姉さまを責めている訳じゃありません。そもそもお姉さまにロザリオを返していたことを忘れてた私の失態が原因なんですから」
「それってその頬の事?」
「え、ええ。まぁそうなんですけど」

 正直この話はあまりしたくないのだが、相手はあの黄薔薇さまこと鳥居江利子である。面白そうな気配を感じ、令が話すまで手放さないよう手をぎゅっと握り締める。

「分かりました、話しますからとりあえず手を離してもらえますか」
「うんうん、人間素直が一番よね」
「実は先日由乃を妹にすると決めた時、ロザリオをお姉さまに返した事も忘れてその場の雰囲気に流さるようにロザリオを授与しようとしたんです」

 そして自らの首にかかったペンダントをロザリオのつもりで授与しようとしたのだ。だがこれがただのペンダントだったらまだ笑って済む事だったのだが、

「まさかそのペンダントって私が受け狙いでロザリオの代用品として用意したアレ?」
「ええ、そのアレです」

 それは江利子が俳優をやっている兄がロケに使った小物の一つで、悪魔を象ったペンダントなのだ。普通ならそんな悪趣味なプレゼントなど受け取らないものだが、生憎江利子はの感性は普通とは大きくそれたものである。何かのネタになると思い普通に受け取ったのだ。そしてその期待通りそのペンダントは江利子を喜ばせる結果を生んだのだ。

『よりにもよってロザリオじゃなくこんな物を私たちの絆の証にするなんて何考えているのよ!!』

 人間は普段眠っている潜在能力があり、主に火事場の底力と言われる非常時にのみその真価を発揮する事ができると言われている。後に令はこう語るだろう。『病弱な由乃の潜在能力を垣間見た』と、

「まぁそれでも今回は愛想つかされたりされなかっただけマシじゃない。実際ロザリオの有無関係なしにもう姉妹やってるんでしょ?」
「ええ、でも時折『お姉さま』ではなくいつもの『令ちゃん』になっているのでそこはキッチリ指導していかないといけませんね」
「さてと、私も久しぶりのお姉さまとのデートを満喫できた事だしこのロザリオも返さないとね」

 そう言って久しぶりに身に付けていたロザリオを名残惜しむように外し、令の首にかける。

「お姉さま、あの………」
「心配しなくてももう由乃ちゃんを妹にする事に反対はしないわ。令がどれだけ悩んだのか、それが察する事ができないほど鈍くないもの」

 それは三月に江利子に言い渡された約束、由乃と距離を置くと言うこと。それを撤回するという事は考えれる事は二つである。それは江利子の懸念が解消されたからか、江利子から見放されたかのいずれかである。当然話の流れから後者であるとは考えたくない。

「貴女はいつまでも私の妹じゃない。二年生として、そして黄薔薇のつぼみとして妹や下級生を導く存在よ。そんな貴女がいつまでも姉の言われるがままじゃあ格好がつかないでしょ」
「お姉さま………」

 まだ一人前としてではないだろう、だが半人前は半人前なりに成長した事を認めてくれている。その事が令に嬉しかった。

「だからこれから先は貴女を指導する姉としてではなく、貴女の行動を見守る姉でいさせて」
「恐縮です。ですが………」
「?」
「だからと言ってお姉さまが黄薔薇さまとしてのお役目をサボっていい口実にはなりませんよ」
「あちゃ、さすがにそこまで楽はさせてくれないか」
「妹として姉のサボりを止める義務がありますからね」

 思わず二人して声あげて笑ってしまう。こうして考えれば二人でこうやって笑い会うのも久しぶりな気がする。由乃たちが来るようになって以来江利子はどこか距離を置いていた節があったからだ。だからこそこうやって笑い合える時間が大切に思える。そしてそう遠くない内にこの二人の間にツインテールの妹がいればもっと楽しい日々になる。そう思ってふと気付く。

(っ!?私の妹は祐巳ちゃんじゃなく由乃なんだ。何を考えているんだ)

 未練………その言葉一つで片付けるにはあまりにも簡単な問題ではなかったようである。つい祐巳のことを考えているぐらいならまだ未練ですむだろう。だが仮にも由乃を選んでおきながら気がつけば自身の横にいるのが由乃ではなく祐巳であると錯覚に陥るのだ。

(私は由乃の姉、私の妹は由乃。私は由乃の姉、私の妹は由乃。私の………)

 自分に言い聞かすように何度も何度も祝詞を読み上げるように反芻する。

「ねぇ令、一つだけ聞いてもいいかな?」
「な、何でしょうか?」
「由乃ちゃんを選んだことで祐巳ちゃんのこと、後悔しない?」

 だが江利子の一言で改めて思い知らされてしまう。令にとって祐巳と言う存在がどれだけ大きかったかを。

「それは………」
「急かしておきながらこう言うのもなんだけど、答え出すのちょっと早過ぎたのかもね」
「そう、かもしれません。でも今更………」
「そうね、確かに今更よね。でも今の気持ちのままじゃあ何も解決しないんじゃないかしら?」

 今朝一度も声をかけることも出来なかったことからして、江利子の言う通りなのだろう。このままでは薔薇の館に行く度に必要以上に祐巳を意識し、結果由乃の顔色を伺う毎日になるだろう。そうなればいつ由乃の不満が爆発するか、そしてその結果祥子たちとの関係まで気まずくなってしまうことになる。だがだからと言ってどうすればいいのか?

「無理に難しく考えなくてもいいよ。確かに最悪薔薇ファミリーの間に亀裂を作ることになるかもしれないけど、薔薇ファミリーといっても元々他人同士が集まった寄り合い所のようなもの、時にはそう言った事が起きるのも仕方ないことよ」
「ですがそうなる事が分かっていながら自分から関係を悪化させるのは如何なものかと」
「敬虔なクリスチャンである志摩子ならどう言うかは分からないけど、所詮私たちは神ならざる人の身よ。自分を一番に考えるのは当然のことでしょ」
「それではただの自己中心的なだけでは………」
「無論誰かを大切に考えるのも必要よ、でもそれはあくまで自分の事を御座なりにしないことが前提よ」

 自分の事を大切に出来ない人間が誰かを本当に大切にする事が出来るわけがない、そんな江利子の気持ちが分からなくもない。だが昔から由乃のために、そして高等部では江利子のために尽くす毎日を過ごしてきた令にとって周りより自分を第一にするなんて考えれなかった。

「それにね、私にはそうやって令が自分を必死に押し殺そうとする姿を見るのが辛いのよ」
「お姉さま………」
「だから納得のいく答えが出るまで結論を出すのは止めなさい」

 それは令の胸元に帰ってきたロザリオをまだ渡すなと言うこと。だがまだ誰も姉妹を作ってない数日前ならともかく、今ではそれぞれがそれぞれの位置で定着している状況で、この選択はロクな結果を生みそうにないのは火を見るより明らかである。

「この事で周りが余計な口出しを出さないよう蓉子と聖に緘口令を出しておくわ、だから後は貴女たち当事者同士でけりをつけなさい」
「それで………納得できるでしょうか?」
「すぐには無理でしょうね、でもだからこそ真摯に向き合い説得し続けるしかないわ。それが嫌なら全てを放棄して逃げることね」

 逃げ出すこと、それが許されないことは令にも百も承知である。もしそれをしようものなら江利子が間違いなく首根っこを捕まえてでも逃がさないだろう。令の姉として、そしてかつて全てから逃げるように自分たちの下を去ろうとした友に何もしてやれなかった者の贖罪として………

「でもこれだけは覚えておいて。本当にどうしようもなくなった時、その時は私を頼りなさい。これでも私はあなたのお姉さまなんですからね」







          ◇   ◇   ◇







「面っ!!」

 掛け声とともに竹刀の空気を斬る音が武道館の中に響く。

「そこっ!もっと声だけ張り上げれば良いってものじゃないよ。もっと間合いを考えて打たないと当たるものも当たらないわよ」
「は、はいっ!」

 そしてその中にはここ最近ではごく普通な、ちょっと前までは久しぶりの人物がいた。

「支倉さん、ちょっといいかな?」
「別に構わないけど何か問題でもあったの?」
「別にそういう訳じゃないわ。むしろ問題がないのかが気になっただけよ。ほら、ここ最近毎日部活に参加して一年の指導をしてくれるのは助かるけわ。でも黄薔薇のつぼみとしての仕事が疎かになるのは不味いんじゃなくて?」

 そう、令はここ最近薔薇の館には向かわず部活動に打ち込んでいたのだ。最初は令目当てで入部した一年生たちやそんなミーハーな下級生相手に手を焼いていた上級生に歓迎されたものの、これが毎日続いたとあってはさすがに回りも後ろめたさを感じてしまうのだ。

「その点については大丈夫よ。白薔薇さまにも良く出来た妹が出来たし、何よりここ最近はお姉さまが珍しくやる気を出しているからね」
「白薔薇のつぼみはともかく、あの黄薔薇さまがやる気………殺すと書いて殺る気の間違いじゃないの?」

 鳥居江利子と言う人物を黄薔薇さまと言う色眼鏡抜きでどういう人物か知っている彼女には『やる気』と言う言葉が信じれなかった。

「ちょっと、人のお姉さまを殺人鬼にしないでよ。それにお姉さまの場合殺る気と言うより犯すと書いて犯る気の方がしっくりくるよ」
「それもそうね」
「って、何を言わせてるのよ」

 二人とも思わず苦笑してしまう。

「まぁ冗談を抜きに今の薔薇の館は人手も足りてるし、これと言った急ぎの仕事の類もないからね。こういう時ぐらい部活に専念しないとね」
「可愛い妹を放ったらかしで良いの?」
「そ、それは………」

 目の前にいる友人には聖と志摩子が姉妹になったことは言ったが、自身の事と祥子のことは話していなかった。だが誰が流したのか、いつの間にか令と由乃が姉妹になったと言う話が学園中に広まっていたのだ。

「そ、その辺もちゃんと断っているから大丈夫。一応幼い頃から剣道をやっている私を見続けていた由乃だからその辺は理解してくれてるわ」

 そしてその犯人は由乃であり、その勝手な行動に立腹していると言う建前で現在距離を置いている状態なのだ。なので由乃自身勝手な行動をとったことに責任を感じているので令が剣道部に篭りっ放しのこの現状にあまり強く言えないのだ。

「それに由乃とは家が隣同士だからね。会いたければいつでも会えるわ」
「それはご馳走様、私もそろそろ妹作ろうかしら」
「その時はちゃんと妹の事を大切にすることを勧めるよ」
「だったら行動で示して頂戴」
「さ、祥子!?」
「祥子さん!?」

 突然武道館に入るなり凛とした声で部員一同の注目を浴びるが、動じた様子もなく平然とした祥子がそこにいた。

「仮にも黄薔薇のつぼみが妹と薔薇の館の業務放って置いて剣道部に入り浸るのは如何なものかしら?」
「で、でも一応お姉さまから許可をもらってるし今は急ぎの………」
「いくら急ぎがなくても人手が無ければ間に合うものも間に合わないと言っているのよ!!」
「ま、まさかお姉さまのサボり癖が再発とか?」
「プラス白薔薇さまも、よ。志摩子は委員会の業務があるし、お姉さまはお姉さまで色々と忙しいし………今手が空いているのが私と祐巳、そして由乃ちゃんの三人だけなのよ」

 つまり本来なら余裕もって進むはずの業務も薔薇さまたちの不在、そしてふたりのつぼみの不在が大幅に遅れを作ったのだ。

「お姉さま、あれだけ任すよう言っていたのに………」

 だがここでいくつかの疑問が浮かんでくる。確かに気まぐれ屋な江利子とは言え、一度言ったことを何も言わず反故するとは思えない。

(あの時のお姉さまがその場限りの冗談や嘘を言ったとは思えない。もし自分で言ったことを反故するならそれなりの理由があると考えるべきか)

 そこには確かな確信があった。普段は何に対しても意欲を持たず退屈そうにしている江利子だが、自身が言い出したことは何が何でも成し遂げる絶対的な行動力がある彼女である。故にその理由も『仕方なしに………』の類ではないのだろう。

(白薔薇さまは………まぁここ最近が真面目過ぎたからその反動と思えばまだ納得は出来るけど紅薔薇さまはちょっと引っかかるよね)

 蓉子の場合典型的な優等生タイプな上要領も面倒見も良いタイプである。なので担任やクラスの子から色々とお願い事をされて多忙になることはよくあることである。だがだからと言って薔薇さまとしての業務を疎かにする事はまずありえない事である。例え倒れても全ての業務をこなそうとする、それ程までに彼女の責任感は高いのだ。

(もしかしたらお姉さまが白薔薇さまと紅薔薇さま、そして志摩子を薔薇の館から離したのかもしれない)

 だとすれば全ての辻褄が合う。江利子は二人に余計な口出しをしないよう当事者同士で決着を着けれるよう舞台を用意したと考えれる。

「分かったわ、すぐに着替えて薔薇の館に行くからちょっと待ってて」

 ならこれが潮時なのだろう。ここ暫く剣道に打ち込むことで令にも答えが見えてきた。後は結論を出すだけ、令は深長な面持ちで武道館を後にするのだった。















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