「ごきげんよう、みんな………って、由乃と祐巳ちゃんだけか」
「ごきげんよう、令さま」
「ごきげんよう、お姉さま。もしかしてお姉さまは私たちだけでは不満なのかしら?」

 薔薇の館で令と祥子を出迎えたのは予想通り由乃と祐巳の二人だけだった。

「いや、心のどこかにお姉さまが少しは黄薔薇さまらしい殊勝な姿が見えると良いな、と祈ってたからね」

(うん、大丈夫だ。この調子なら問題ないはず)

 祐巳を前にしても動じることなく、普通に受け答え出来たことにまず一安心する。

「令ちゃんもタイミングが悪いよね。昨日来れば白薔薇姉妹も来ていたから三色勢揃いだったのに」
「だからこそ私が呼んだのよ、このまま三人でやっていたら終わるものも終わらないわ」
「ごめんごめん、今まで抜けてた分まで頑張らせてもらうよ」
「あれ、令さま走って来たんですか?」

 部活の途中を抜け出し、一息付く間もなく薔薇の館に来ているので令の顔は若干汗ばんでいた。

「あぁ、部活の途中に来たからまだ体が火照っているだけだよ」
「でしたら令さま、今お茶の用意をしますから仕事に移る前に一息ついてください」
「あ、それなら私が………」
「いいよ、私の方は仕事が一段落付いてるからちょっと余裕あるしね」

 令にお茶を出すなら私が、と言いたい由乃だったが二人の抱えている仕事は祐巳の方が捗っており、渋々引き下がる。

「そりゃあ祥子さまが手伝ってくれてるんだから祐巳さんの方が捗るよね」
「ははは、でも由乃さんも令さまが手伝ってくれるんだからお相子でしょ。はい、どうぞ」
「ありがとう、祐巳ちゃん」
「祐巳、私には用意してくれないの?」
「あ!す、すいません。直ぐに用意します!!」

 祥子の不満気な顔に慌ててお茶の用意をする祐巳の姿に令と由乃も思わず苦笑してしまう。

「祐巳ちゃんは相変わらず一つをすると一つ抜けてしまうみたいだね」
「そ、そんな事無いですよ。今回はたまたまです」
「由乃、そのたまたまって今回で何度目?」
「少なくとも今週だけで6回目かな」
「由乃さん、酷いよ〜」

 相変わらずの薔薇の館の空気に安堵しつつ、祐巳の煎れてくれた紅茶を飲む。

「ごちそうさま、祐巳ちゃん。美味しかったよ」
「お粗末さまです。そういえば部活の方はどうでした?」
「新入部員はそれなりにいたけど剣道未経験の子が多くてね。結構手を焼いているよ」
「そうなんですか?でも高等部に上がってから剣道をやりたいと思った人たちの指導も令さまたち上級生の仕事ではないのですか?」
「それは勿論そうだよ。ただ純粋に剣道がやりたくて入部したわけじゃない子が多いから中々練習が思うように捗らないんだよ」

 中等部の頃から剣道を続けていたのはわずか三名、後はミーハー気分で入部したのだから剣道の練習に耐えれるのは極僅かである。殆どは直ぐに音を上げては休んでまた練習再開、そしてまた休んで………これではそう簡単に成果は出ないのも無理もない話である。

「辛い練習だけどそれでも続けていけば強くなった自分を知ることができるし、剣道の楽しさだって実感できる。でも自分から積極的に練習に取り組もうとせず、ただ受動的に練習をしている内はあまりいい結果は出ないだろうね」
「剣道って大変なんですね。やっぱり私には向かないですね」

 帰宅部である祐巳には漠然と大変としか認識できなかった。なので折角だから剣道部に入ってみようかな?と言う軽い気持ちが一瞬で萎えてしまう。

「祐巳ちゃん剣道部に入ろうと思ってたの?だったら私としては大歓迎だよ。剣道未経験でやる気のある子が入ってくれてたら他の子たちの良い刺激になるだろうしね」
「じょ、冗談ですよ冗談。私には剣道は向いてませんよ」
「そうかな?剣道って強くなることも目的の一つだけど、一番大事なことは心の鍛錬だよ」
「心の鍛錬ですか?」
「体を鍛えるだけだと身に付いた力を間違った方向に向けてしまうかもしれない。そうならない為に力の使い方を誤らないために、そして明日という道を自分で切り開くことの出来る心を持つ為の鍛錬。だからよく言うでしょ、心身ともに鍛えるってね」

 令の言葉に感心する祐巳だが、祥子と由乃からは

『その優柔不断でヘタレな心のどこが鍛えられているのよ』

 と思われていた。そんな事にも気付かずついつい調子に乗ってしまう。

「折角だから体験入部と言う形で剣道部に入ってみない?何事も経験だし、祐巳ちゃんって大器晩成型だから三年間続けたら化けるかも」
「それって今は役立たずって事ですか?」
「え、そ、
ソンナコトナイヨ
「もういいいですよ、どうせ志摩子さんや由乃さんほど要領が良くないことはちゃんと自覚してますから」
「ゆ、祐巳ちゃん。ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないんだよ」
「どんなつもりかは知りませんけどいい加減仕事を手伝ってもらえませんか?お・姉・さ・ま」

 その時になってようやく由乃と祥子が白い視線をぶつけている事に気が付く。

「そ、そうだね。今日は仕事をしに来たんだから仕事しないとね」
「わ、私も仕事を再開しようっと」

 心なしか場の空気が気まずくなったので慌てて仕事に取り掛かる。だが仕事を始めて直ぐに溜まるに溜まった仕事の量の異常さに気付く。

「ちょっと祥子、いくらなんでもこの量は溜まり過ぎじゃない?」
「仕方ないでしょう。月曜日はお姉さま方が揃っていたとは言え、お姉さまも黄薔薇さまも白薔薇さまと志摩子をからかってばかりでちっとも仕事にならなかったのだから」

 聖にようやく妹が出来たことを誰よりも喜んだのは蓉子と江利子の二人である。そんな二人が親友の妹が出来たことを祝福し、そしてその事でからかってしまうのは当然の成り行きと言えるだろう。

「結果白薔薇さまは志摩子さんを連れてほとぼりが冷めるまで薔薇の館に来ないんだってさ。で、その皺寄せが私たちに来ているという状況なのよ」
「という訳で令には休んでた分しっかり働いてもらうわよ」
「了解、じゃあ本腰入れて頑張るかな。まず各クラブの………」

 気持ちを切り替え黄薔薇のつぼみとしての役割に従事し、仕事を淡々とこなしていく。それは祥子も同じで薔薇のつぼみを冠する者としての貫禄を祐巳と由乃に見せ付けている。

「私も大分仕事に慣れたと思ったけど、お姉さまと祥子様に比べたらまだまだだと思い知らされるね」
「うん、私たちとは次元が違うよね」
「「二人とも、手が止まってるわよ」」
「「す、すいません」」

 そうして四人が仕事に取り掛かかり一時間はゆうに過ぎた頃、

「まだ残ってはいるけどとりあえず一段落着いたことだし、ここらで一息付こうか」
「そうね、さすがに二人の集中力もそろそろ限界のようだわ」

 祥子の言う通り祐巳と由乃には疲労の顔が隠せないでいた。

「い、いえそんな事ないですよ。まだまだ頑張れます」
「わ、私だって」
「そうは言うけど祐巳ちゃんさっきから誤字脱字といったケアレスミスが多いよ」
「ば、バレてました?」
「頑張ってくれるのは有難いけど無理は禁物だよ。とにかく休めるときはきっちり休む。この方が能率がいいからね」

 そう言って先ほどのお礼も兼ねて今度は令がお茶の用意を始めようとする。

「お姉さま、お茶の用意なら私が………」
「そうです、令さま自らやらなくても私たちが………」
「いいからいいから、たまには上級生に甘えなさい、と言うか甘えて頂戴」
「令、黄薔薇さまからの差し入れがあるからそれを茶請けにするといいわ」

 戸棚にある江利子の用意した和菓子を取り出し、それぞれに紅茶とセットで配っていく。

「はい、祐巳ちゃん。砂糖多めにしておいたから。祥子と由乃はストレートでよかったよね」
「ええ。けど祐巳は本当に甘党なのね」
「お、女の子は多かれ少なかれ甘い物が好きになるようにできているんです」
「祐巳さん、そんな事言っているとその内太るわよ」
「そ、そんなことないよ。この間量った時はまだ許容範囲内だったもん」
「でもそれってギリギリ許容範囲内だっただけで、実際はいつ許容範囲を超えてもおかしくない状況なんじゃないの?」
「せ、せっかく淹れてもらったのに冷めてしまいますよ」

 図星だったらしく慌てて話題を変えようとするが

「どんなに目を背けようと体重計は無常にも現実を突きつけて………」
「それ以上言わないで〜〜〜」

 そんな二人のやり取りを令は微笑ましく見ていた。

(そう、これが私の答え。祐巳ちゃんと姉妹になれなくとも私には由乃がいるし、祐巳ちゃんとは仲の良い先輩後輩としていられる)

 無理をしていないかと問われれば断言して無理していないとは答えれないだろう。だが由乃を裏切り、祥子から祐巳ちゃんを奪う形で祐巳と姉妹になる方がもっと辛い気持ちを味わうことになる。令には誰かの悲しみの上に胡坐をかくことはできないのだ。

「由乃、そろそろ中間テストが近いけどちゃんと勉強している?」
「多分大丈夫、だってまだ一年の一学期の中間だから範囲もそこまで広くないしね」

 今までなら休んでいた分の遅れを取り戻すことで一杯一杯だった。だが今回は入学式以来体の調子が良いのか、一度も倒れたりしていないので余裕があるのだ。

「だったら尚のこと今回は満点取るぐらいの気持ちで頑張らないと、期末以降はどんな悲惨な成績になるか分かったものじゃないからね」
「ちょっと令ちゃん、それじゃあまるでいつもテストで赤点ぎりぎりみたいじゃない!」
「似たようなものでしょ、いつも私に泣きついて勉強を教えてもらっているくせに」

 何気ない言葉がいつしか売り言葉に買い言葉、次第に二人とも熱くなっていく。

「れ、令さまも由乃さんも落ち着いて___」
「誰かが泣きついているって言うのよ。いつも令ちゃんの方が有無も言わせずに勉強を教えようとしているだけじゃない!!」
「私の方から教えていかないと後で文句言ってくるのは由乃じゃないか」
「令………さ………ま」
「令ちゃんだって相手してもらえないと涙目で縋り付いてくるじゃない!!」
「うっ、そ、それは………」

(しまった、ちょっと熱くなり過ぎた………)

 令の方は言いたいだけ言って少しは落ち着いたものの、由乃の怒りは未だ収まる兆しはない。

「ごめん、言い過ぎた。本当は由乃のことが心配だっただけでこんな事言うつもりじゃなかったんだよ」
「言うつもりはなくとも普段からさっき言ったような事を考えてた、って事でしょ」
「よ、由乃〜〜〜」

 思わず涙目で縋り付いてしまう自身の行為を恥じる気持ちはある。だが、由乃を宥める事に意識が一杯であまり人目は気にならないのだ。だが、

 ガタッ!

「え?」

 突然横から椅子が倒れる音に振り向くと祐巳が俯いたまま立ち上がっていた。

「祐巳ちゃん?」
「し、失礼します!!」

 そしてそのまま部屋を飛び出す祐巳に、誰もが状況が理解できず呆然と見送ってしまう。

「待ちなさい、祐巳」
「ゆ、祐巳ちゃん」

 真っ先に状況を把握した祥子が慌てて追いかける様を見て、ようやく令も目が覚めたように追いかける。

「待って、令ちゃん」

 由乃の呼び止める声はちゃんと聞こえている。だが去り際に見せた祐巳の頬に流れる滴が令は気になって仕方なかった、そんな祐巳を放っては置けなかった。

(どうして?私は由乃と姉妹に、祐巳ちゃんは祥子と姉妹に、私と祐巳ちゃんとは仲の良い先輩と後輩の関係でみんな丸く収まったはずなのに)

 出遅れたとは言え、日頃鍛えた体はすぐに中庭にいる祥子に追いつくことができた。

「祥子、祐巳ちゃんは?」
「………まだ見つかってないわ。それより由乃ちゃんを放って置いて良かったの?」
「今は由乃より祐巳ちゃんの方が心配よ。それにしても一体どこに行ったんだろう」
「令、待って。貴女祐巳に会ってどうするつもり?」

 非難の眼差しが込めた祥子にはっと気付く。何故祐巳が薔薇の館を飛び出したのか?そしてその原因を作り、由乃の姉である令が今更何をしようというのか?という事に

「今貴女が祐巳にしてやれることは何もないはずよ。ここは私に任せて貴女は薔薇の館に戻りなさい」
「それでも私は、私は祐巳ちゃんに会いたい。会わないといけないんだ」

 確かに答えは出した。そして実際その通りの行動をしてきた。だけど、欲を言うならまだ間に合うのではないだろうか?

「一つ聞くけど祥子は祐巳ちゃんを妹にしたの?」
「令、何が言いたいの?」
「この間のデートで祥子が祐巳ちゃんの首にかけようとしているところを見かけたわ。結局最後まで見届けることはできなかったけど、私も由乃も祥子と祐巳ちゃんが姉妹になったと思った。でも………」

 聖と志摩子が姉妹になったことは、今や知らない人はいないといっても過言ではないだろう。だが令と由乃、そして祥子と祐巳が姉妹になったという話が巷で流れた様子はない。とは言えっても令と由乃の場合まだロザリオの授与をしてないこともあってか、姉妹になった事を公式に発表はしていない。なので噂にならないのは無理もない話である。

「祥子の性格上姉妹ができたことをこそこそ隠すとは思えない。にも拘らず未だに祐巳ちゃんを妹に迎えたことを公言してないところから察するに、まだ姉妹になっていない。結論は保留状態なんじゃないの?」
「そうよ、でもそれがどうしたって言うのよ」
「奇遇ね、私もまだ由乃にロザリオを渡してないのよ」
「っ!?」

 これには祥子も驚きを禁じえなかった。だが祥子が驚いたことは令がまだロザリオを渡していないことではない。何故ならそんな事は既に知っていた事。

「貴女、自分が何を言っているのか解っているの」
「祥子の方こそここまで言って私の真意に気付けない訳はないでしょう」

 祥子が本当に驚いたのは有耶無耶になっていたとは言え、一度は由乃と姉妹になりかけた令がそれでも由乃ではなく祐巳を選ぶと公言していることに対してである。

「祥子が祐巳ちゃんを妹にしたいならすればいい。私にそれを止める権利はないからね。でも………」
「………………」

 同様に祥子にもその権利はない、不覚にもそんな眼をした今の令に祥子は気圧されてしまったのだ。

「とりあえず私は武道館の方を探すわ。祥子はどうする?」
「私は体育館の方から校舎に向けて探すわ」

 いつもの祥子なら令を止めようとするだろう。だが今の令を止める事が敵わないと悟った祥子にはこの一言を言うことで精一杯だった。

「じゃあね、祥子」

 そして二人はそれぞれ思いを胸に秘め再び思い人を探し始めるのだった。





          ◇   ◇   ◇






「はぁ、はぁ、はぁ………」

 気が付けば薔薇の館を飛び出していた、これ以上あの場に居たくなかった。そんな祐巳が息を切らし、足を止めた場所は温室の前だった。

(今日はもう帰ろうかな)

 だがその考えをすぐに振り捨てる。良くも悪くも薔薇の館にお手伝いに行っていた祐巳は高等部ではちょっとした有名人である。そんな祐巳が泣き顔で歩いていれば否応なしにも注目の的、下手すれば気になった生徒が色々聞いてくるかもしれない。わざわざ進んで傷口に塩を塗るような真似はしたくない。

(あそこなら人気がないからちょうどいいかな)

 ほとぼりが冷めるまで温室で落ち着こうと足を伸ばそうとする。だが、

(そういえばここは………)

 温室の前、そこは以前祐巳の運命を変えた場所だった。正確に言えば温室の前のT字路に、である。

(ここで令さまと出会った事が全ての始まりだったんだよね)

 容姿も家柄も平均的な祐巳、本来なら薔薇さまと呼ばれる面々とは縁は無かっただろう。だがこの場所で令とぶつかったこと、そして江利子と出会ったことが縁で祐巳は薔薇さま達とお近づきになれた。それからの日々は祐巳にとって文字通り薔薇色の日々だった。

(名目上はお手伝いとして薔薇の館に来ていたけど、一緒に仕事をしている内に薔薇さまたちの意外な一面が見えてきたよね)

―――――水野蓉子

 大人受けする物腰の良さと行動の力の高さでまさに完璧と呼べる紅薔薇さま………この大衆の評価は間違いではない。だがそんな蓉子も祥子や聖に対してはかなり意地悪な一面があるし、迂闊に怒らせればロクな目に遭わないことは江利子と聖の態度からして明白である。無論祐巳にとってそれらを含めた上でも頼りになる上級生というイメージである事に変わりは無い。

―――――鳥居江利子

 得手不得手が無くどんな事でもそつなくこなしてしまう上、決して得意げな顔をしない黄薔薇さま………実際は何でもこなしてしまう事に退屈を感じ、常に何らかの刺激を求めているだけ。しかもその求める刺激の多くは周りには迷惑なモノだったりする。何度もその被害にあっている祐巳としてはそろそろ対処法が欲しい所だが、今のところ有効な策は無いのが現状である。

―――――佐藤聖

 日本人離れした彫りの深い顔に憂いのある表情、そして時折見せるワイルドな一面の二面性が素敵な白薔薇さま………二面性はある意味正しい。だがその一面は一言で言うならオヤジである。ある意味薔薇さまたちの中で一番親しみやすさはあるが、やっぱりセクハラオヤジである。江利子同様良くも悪くも気に入られている所為か、祐巳はかなり被害にあっているのだ。だけど不思議と嫌いになれず、むしろ好感を持ててしまう辺りが悔しいところである。

―――――小笠原祥子

 誰もが知っている天下の小笠原グループ、その会長の孫娘である自他認める生粋のお嬢様。家柄だけではなく、その血筋に相応しい才覚と容姿の高さには誰もが憧れる紅薔薇のつぼみ………なのだがヒステリックなところがある上、結構スイッチが入りやすいのでその度に対処に困る毎日である。唯一の救いは前述の二人と違い、一番被害を被るのは今のところ令であるという事と、大抵は誰かが止めてくれるということである。

(そして私を妹にしたいと言ってくれた人………)

 そんな彼女に憧れていた祐巳にとって祥子から妹にしたいと言われた時は本当に嬉しかった。




…………………………



………………………………………



………………………………………………………




「確かこの辺りだったはずだったのだけど………」
「祥子さま?」
「何でもないわ、ただの独り言よ。気にしないで頂戴」

 そうは言われてもどうしても『何か粗相があったのではないのか?』と気になってしまう。何せ祐巳にとって 生まれて初めてのデート、それも相手が密かに憧れの念を抱いている祥子なだけに極度に緊張し続けているのでどうしても敏感になってしまうのだ

「あの、もし良かったら今どこへ向かっているのか教えてもらえませんか?」

 最初こそ祐巳が行きたがっていた場所に祥子が付いて行くという形だったが、途中から時計の針ばかり気にして心ここに在らずといった感じなのだ。そして先ほど急に祥子が行きたい所があると祐巳を連れて行っているのだが、肝心の場所については何一つ語ったくれていないのだ。

「ごめんなさい、私もデートは今回が初めてだったからちょっと勝手が分からなくて………でも知人に教えてもらったお勧めの良い場所があるのよ。だから今は黙って付いてきて頂戴」

 そう言われてはこれ以上追求できるわけが無く、黙って付いて行くしかない。とは言え幸い祐巳自身そこがどんな場所なのか興味はあるし、祥子にとってもデートが初めてだということに親近感を持ってご機嫌だった。

「あれ?祥子さま、あれって白薔薇さまと志摩子さんじゃないですか?」
「そうね、ここがそうなのね」

 学園では一見すれば相性が悪いのか、どこか距離を感じる聖と志摩子。そんな二人が手を取り合いながら走る姿は微笑ましく見えるというより奇異に感じてしまう。

「待てよ、コラッ!!」
「と言うか何か柄の悪そうな人たちに追われているじゃないですか!?」

 そう、聖と志摩子はデートの一環で走っているわけではない。どう言う訳か柄の悪い二人組みに追われ逃げているところなのだ。

「落ち着きなさい、祐巳。こういう時は冷静に状況を見極めることが大事よ」
「状況も何もこのままじゃあ白薔薇さまと志摩子さんが………」
「御覧なさい、あの二人は連中から一定以上の距離は離れた状態を維持している。この様子なら当分は大丈夫よ」
「で、ですが………」
「それより私たちも追いかけるわよ」
「さ、祥子さま!?」

 心配する祐巳を他所に祥子は男たちの後を追いかけ始め、祐巳慌てて遅れないよう走り始める。

「祥子さま、追いかけるより警察を呼んだ方が宜しいんじゃないですか?」
「警察を呼んでも白薔薇さま達がどこにいるのかを把握してなければ何の意味も無いでしょう」
「それはそうですが………」

 だが祐巳の心配は意外な形で裏切られることとなる。それは聖と志摩子がある建物に逃げ込んだ時だった。

「おい、こっちへ来たんじゃないのか?」

 男たちも祐巳たちも聖と志摩子を見失い、男たちは周囲を見渡すがそれらしき姿は無く、

「の、はずなんだが思ったより逃げ足の速いやつらだな。それよりこの辺で終わりにしないか?いい加減ばててきたんだけど」
「やれやれ、本当に根性無しだな。まぁ確かにこの辺が潮時か、そろそろ稽古の時間だしな」
「ちょっと待ってくれよ、この後直ぐに稽古かよ?俺を殺す気か?」
「だったらサボるか?そんなことをしたら後で師範にどやされるどころじゃ済まないぞ」

 あれだけ追い掛け回しておきながら随分な諦めの速さに祐巳は拍子抜けしてしまう。

「これは二人は助かったと言っていいのでしょうか?」
「でしょうね、それより走った所為かちょっと一休みしたいわね。そこの教会で一休みしましょう」

 ホッとした瞬間疲れがドッときたのか、思わずへたり込んでしまう。そして元々特別体力があるわけではない祐巳に反対する理由は無く、祥子と共に教会へと足を運ぶ。が、

「―――の訪問もお詫びしないといけませんね」
「祥子さま、この声って………」

 無言で祐巳を制し、そっと教会の中の様子を覗くとそこには予想通り聖と志摩子がいた。最初はいつまでも覗き見を続けず、そっとこの場を後にしようかと考えた。だが

「ねぇ志摩子、私の妹にならない?」

((ロ、白薔薇さま!?))

 まさかの聖から姉妹の申し出に二人の行方が気になり目が離せなくなってしまう。そして志摩子の答えは

「あなたの妹にしてください」

 その言葉に思わず顔を綻ばせ、

『おめでとう、志摩子さん』

 口には出さずに祝福の言葉をかける。それは祥子も同じだったのか、ふと顔をあわせるとお互い何も言わずその場を後にする。

「志摩子さんと白薔薇さま、良かったですね」
「そうね、ようやくあるべき形に落ち着いたってところね。あの二人ったら相思相愛なのに中々関係が発展しないから見ていてイライラしてたわ」
「でもハッピーエンドに辿り着いて良かったじゃないですか」

 憎まれ口を叩きながらもその表情が二人を祝福していることを物語っているので祐巳は気にせず話を続けていく。

「私はいいけどお姉さま辺りが散々ヤキモキさせられてたのに、当の本人はロマンチックな結末を迎えただなんてちょっと納得がいかないところだわ」
「紅薔薇さまならきっと素直に祝福すると思います。勿論後で強制的にこれまでの心配代を何らかの形で請求するでしょうけどね」
「その時は私たちも混ぜてもらうとしましょうか」
「はいっ。それにしても志摩子さんと白薔薇さまが姉妹か………」

 そして先ほどの余韻を確かめるように思い返してみる。聖から姉妹の申し出、そしてロザリオの授与………リリアンの生徒なら誰もが憧れる儀式に祐巳も例外ではなく、先ほどのワンシーンを自身に置き換えて物思いに浸ってみる。

「この際祐巳も私の妹にならない?」

(そうそう、いつか私もこんな風に………って!?)

「さ、祥子さま!?」
「違ったわね。この際なんて関係ない、私は前から祐巳を妹にしたいと思っていたわ。私小笠原祥子の妹になってくれないかしら?」

 これは夢か幻か、祥子から姉妹の申し込みがあるなど信じれなかった祐巳は思わず頬を抓るが

「痛い、夢じゃないんだ………」

 確かな痛みがこれが夢でないと証明している。だがこれが夢でないなら何かの間違い、もしくは何かの冗談じゃないのかと思ってしまう。

(でも祥子さまがこんな冗談を言うとは思えない。もしかして先ほどの志摩子さん達の雰囲気に中てられた?)

 だが祥子は前から祐巳を妹にしたいと言っていたし、プライドの高い祥子が周りの雰囲気に簡単に流されてしまうとも思えなかった。

「どうかしら?」
「で、でも私志摩子さんみたいに綺麗じゃないですし、紅薔薇さまみたいに頭が良いわけじゃないです。本当に何の取り柄も無いですよ」
「確かに貴女は志摩子やお姉さまのようにはなれないかもしれない。でも同じように志摩子やお姉さまも貴女の様にはなれないわ。私が妹にしたいと思えるような子にはね」

 祥子の眼は嘘偽りを言っているようには見えなかった。そして己の発言に迷いを一切感じさせなかった。それだけに祥子がどれだけ祐巳を想っているのかを思い知らされてしまう。

「本当に私なんかで良いのでしょうか?」
「祐巳の方こそ私では役不足かしら?」
「そ、そんな!祥子さま相手に役不足なんて………」
「だったらこのロザリオ、貴女にかけていいわね」

 祐巳に否定の言葉は無い。それが祥子を恐れたり、威圧的に感じての答えでないことは祐巳の上気した顔が何より物語っていた。

(祥子さまのお誘いを断る理由なんて無いよね。だって祥子さまのことを想うだけでこんなにも胸が高鳴るのだから………)

 そして聖から志摩子に渡ったように、今祥子から祐巳にロザリオが渡ろうかとした時だった。

『祐巳ちゃん』

(っ!?)

 パンッ!

「ゆ、祐巳!?」
「え?」

 祐巳自身自覚は無かった。だがそれは確かな拒絶であり、祐巳の首にかかろうとしたロザリオは気が付けば地面に落ちていた。

(私が叩いたの!?)

 何が起きたのか信じれないという眼の祥子、そして同じように祐巳も何が起きたのか信じれなかった。先ほどまでお互い暗黙の了解で姉妹になろうとしていたはずなのに、ギリギリのところで祥子のロザリオを叩いていたのだから。

「ご、ごめんなさい」
「ゆ………み………」

(どうして祥子さまを拒絶してしまったんだろう?断る理由なんてどこにもなかったはずなのに………)

「どうして、聞く権利はあるわよね?」
「分からないんです………あの時と違って祥子さまとなら素直に喜んで姉妹になれると思っていたのに、何故か受け入れられなかったんです」

 以前祥子の同級生である七瀬から姉妹の申し込みを断った時、祐巳は七瀬という上級生のことをよく知らない事を理由にその申し出は断った。だが本当のところは彼女が福沢祐巳という一個の存在を妹にしたかったようには思えなかったからである。事実薔薇の館に自由に出入りできて、且つ薔薇さまに良くしてもらっている人間を妹に持てば便乗して可愛がって貰える、そんな打算が彼女にはあったのだ。

「信じて下さい、私は七瀬さまの時と違って本当に嬉しかったんです!」
「でも私は祐巳にとって一番ではなかった、そうね?」
「………はい」

 なら誰が祐巳にとって一番なのか?それが今まで分からなかったのが不思議なくらい簡単に思い浮かべることができた。

「令なのね、貴女の一番は………」
「そう………なのかもしれません。祥子さまからロザリオを受けようとした時、令さまの声がしたような気がしました。でも………」

 令には由乃がいる、それは親友に気を遣っているというだけではない。由乃が令を必要としているように、令もまた由乃を必要としている。それは誰の目にも明らかだった。そんな二人の絆がどれほどのものかは言うまでもないだろう。

「令には由乃がいる、だからと言って消去法で私を選ぶということはないのね」
「そんな失礼なことはできません。それにそんなの祥子さまらしくないです」
「私らしくない、ね………分かってるわ。でもそれほどまでに私は貴女のことが好きなのよ」

 何で祐巳にとっての一番が祥子でないのだろう、なぜ令でないと駄目なのだろう。祥子の気持ちに応えてやれない自身が歯痒かった。

「だったら!私に令さまの事、忘れさせて下さい」
「祐巳?」
「由乃さん今日のデート張り切ってました。今日こそ意地でも姉妹になるって………だから多分二人は姉妹になると思います。そ、そしたら………」

 苦肉の策だった。祥子の気持ちには応えたい、でも現時点ではまだ心の整理がつかない。だからこの件は保留という形で先送りすれば、また別の結末があるかもしれないと思ったのだ。だが最後の方は自分で言ってて切なくなったのか涙声だった。

「もういいわ、貴女の気持ちは分かったから」
「祥子さま………」

 最後まで言い切るより先に祐巳を優しく抱きしめそれ以上言わせなかった。祐巳の気持ちが嬉しかったから、これ以上祐巳を泣かせたくなかったから、それらの思い込め祐巳が落ち着くまで祐巳を抱きしめていた。

「貴女の気持ちの整理がつくまで私は待つわ。だから忘れないで、誰が一番貴女の事を想っているのかを………」




………………………………………………………



………………………………………



……………………




(だから私は祥子さまの傍にいたのに、令さまと由乃さんのことを受け入れようと想ったのに………)

 令への思いを忘れようとすればするほど令のことを意識してしまう。令と由乃のことを受け入れようとすればするほど見ていて辛くなってしまう。だから気がつけば薔薇の館を飛び出してしまったのだ。

(その上無意識にこの場所に来てしまうなんて………)

 そして行き着いた先が二人の出会いの場であるこのT字路である。否応なしにも自身がどれだけ令のことを想っているのかを思い知らされてしまう。

(もう辞めようかな、元々薔薇の館に行かなければ私なんて薔薇さまたちとは縁も無ければ釣り合わない間柄なんだから)

 全てを諦め、全てから逃げようとしている時だった。祐巳を現実へと戻す声が聞こえたのは

「祐巳ちゃん!!」











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        <第九話>   <第十一話>


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