探し人はすぐに見つけることが出来た。

「祐巳ちゃん」
「………………」

 声をかけるが振り向く様子はない。無論令の声が聞こえていないわけではない。だが祐巳にとって今一番顔を合わせれない相手が令なのだ。

「なんだか懐かしいね」

 その事を察した令はそのまま言葉を続けていく。

「思えばここで私と祐巳ちゃんが出会ったんだよね。あの時はお互い時間に追われて走って衝突だなんてリリアンの淑女らしくない姿だったね」
「………………」
「その時はまさか祐巳ちゃんと共に薔薇の館で仕事をするなんて思いもしなかったよ」
「それはそうですよ。本当なら私みたいな何の取り柄も無い人間が薔薇さまたちと一緒にいられるわけがないんですから」

 ようやく口を利いてもらった第一声は涙声混じりの儚い声だった。

「そんなこと無いよ、祐巳ちゃんには祐巳ちゃんの良い所があるよ」
「気休めは止して下さい。家柄も普通、成績だって平均だし体力だって………」
「そんな上辺だけの評価なんて関係ないじゃないか!みんな祐巳ちゃんの、祐巳ちゃんだけの魅力を感じたから祐巳ちゃんが好きなんだよ」
「止めて下さい!!」

 それは確かな拒絶、祐巳がこれ以上令と口を利きたくないという表れ。以前の令ならこれ以上声をかけることは出来なかっただろう。

「私は祐巳ちゃんのことが好きだよ」
「っ!?」

 令自身これだけハッキリと己の気持ちを言えことに驚いていた。

「ただの後輩としてじゃない、私にとって特別な存在として好きなんだ」
「令さまには、令さまには由乃さんがいるじゃないですか」
「由乃のことは好きだよ、でも私にとって今一番傍にいて欲しいのは祐巳ちゃんなんだ」

 自分で言っていて心臓の鼓動が激しくなっている。顔も真っ赤かになって情けないか表情かもしれない。それでも令は祐巳に振り向いて欲しかった。自分だけを見て欲しかったのだ。

「これって祐巳ちゃんにとって迷惑なのかな」
「そんな言い方、ずるいですよ………」

 ようやく振り向いてくれた祐巳は泣き腫らして目が真っ赤になっていた。だが令にはそれで十分だった。

「私、これでも祥子さまから姉妹の誘いを受けているんですよ」
「うん、でもまだ祥子の誘いを受けたわけじゃないんでしょ。だったらまだ___」
「駄目ですよ。確かに私はまだ祥子さまと正式に姉妹になっていませんけど、そう遠くない内に姉妹になると思います」

 令が由乃の正式な姉となった時、そしてそれを素直に祝福できるようになった時、祐巳は祥子の妹になろうと考えていた。

「だから私は既に予約済み、そんな人間に構っていないで令さまが本当に大切に思っている方の傍にいてあげて下さい」
「そう、私が本当に大切に思っている人の傍にいて欲しいんだ。だったら………」
「はい_____えっ!?」

 最初は令が諦めてくれたのかと思った。だが気付いた時には祐巳は令に抱きしめられていた。

「これが私の答えだよ、祐巳ちゃん」
「れ、令さま、離して下さい」
「本当に嫌なんだったらこの手を振り解いて逃げればいい。でも私からこの手を離すつもりは無いよ」
「令さま………」

 最初は振り解こうとしていた。だがその手も抵抗と呼べるほどのものではなく、すぐに振り解くのを止め令の胸に頬を寄せる。

「どうして令さま何でしょうね。あの祥子さまから姉妹の誘いを受けたのに、あんなに胸が高鳴ったはずなのに最後の最後で祥子さまを受け入れることが出来なかったなんて………」
「私だってそうだよ。あれだけ由乃のことが好きで大切にしていたはずなのに、気付けばいつも祐巳ちゃんのことを考えていた。祐巳ちゃんの事を見ていた」

 互いにそれぞれ想う人はいた。だが最後の最後で二人が求めたのは祥子や由乃ではなかった。たとえ友を裏切ることになっても、それが愚かな選択だと解っても、それでも令と祐巳はお互いを求めているのだ。

「私は私の我侭で由乃と祥子を傷付けてしまう、そして祐巳ちゃんにまで同じ業を背負わせようとしている。それでも私は祐巳ちゃんを妹にしたい」
「本当にそれで良いんですか?」
「私は覚悟の上よ。でも祐巳ちゃんに同じ覚悟を求めることに罪悪感がある、正直今でも迷っている」

 子供の我侭だということは自覚している、だがそれでも令は引きたくなかった。だからそんな迷いを断ち切る為にもポケットからある物を取り出す。

「それが令さまのロザリオですか?」

 祐巳が疑問に思うのも無理も無かった。以前祐巳が令のロザリオを見せてもらった時のロザリオとは別のロザリオなのだから。

「祐巳ちゃんの想像通り、これは私が新たに用意したロザリオよ。実はね、前まで妹にはお姉さまから貰った物を渡したかった。でもせっかくの神聖な儀式に由乃の時のようなミスをまたしたくないからね」

 だがそのお陰で令は踏み止まることが出来たのだ。人間万事塞翁が馬とはよく言ったものである。

「それに白薔薇さまと志摩子を見ていて思ったよ。姉妹になるならないに薔薇さまの名は関係ない、大事なのは当人同士の気持ちなんだという事を」

 だからこそ江利子から、少なくとも先代の黄薔薇さまから受け継がれたロザリオではなく、支倉令が用意したロザリオを着けて欲しかった。

「私は黄薔薇のつぼみとしてではなく一人の人間として、支倉令としてこのロザリオを祐巳ちゃんの首にかけたい。良いかな?」
「令さま………私で良ければ喜んで___」

 お互いの気持ちを確認し合った、ロザリオの授与は滞りなく行われようとしていた。だが祐巳は気付いてしまった。幸せを噛み締める二人を見つめる眼差しに、

「祐巳ちゃん?」
「あ、こ、これは………」
「はぁ、はぁ、はぁ、令ちゃん、祐巳さん。これはどういう事なのかな?」
「由乃っ!?」

 令の後を追いかけてきた由乃は事の顛末を問い詰める。

「なんか見ていて姉妹と錯覚しそうな光景だけど何かの冗談だよね」
「由乃さん、これは………」
「由乃の考えている通りだよ」
「「令さま(ちゃん)!?」」

 うろたえる祐巳とは対照に令は誤魔化そうともせずありのままの気持ちを伝える。

「私は祐巳ちゃんを妹に迎えようと思っている。そして由乃の気持ちを裏切ろうとしている」
「なっ、何を言っているのかな。冗談きついよ、令ちゃん」

 全身をわなわな震わせながら必死に感情が爆発するのを抑える由乃の姿に申し訳なく思う。だがこれ以上自分の気持ちを隠し切る自信は無いし、祐巳を選んだ自分の気持ちを裏切りたくなかった。

「入学式で祐巳ちゃんと出会って以来気付けばいつも祐巳ちゃんを見ていた、祐巳ちゃんのことを考えていた。私の中で祐巳ちゃんの存在はどんどん大きくなっていった」
「や、止めて」
「なにも由乃のことが嫌いになったわけじゃない、何度も私の一番は由乃だと考えていた。でもそれが自分の気持ちを確認しているのではなく、そう思い込もうとしていただけだと気付いたんだ」
「もう止めて!!」

 両手で耳を塞ぎ、これ以上聞きたくないと感情を露にする。だがそれでも令は止まらなかった。

「私は祐巳ちゃんと共に歩いていきたい、この先高等部を卒業してからもずっと一緒に歩いていきたい」
「祐巳さんは、祐巳さんはどうなの?祥子さまじゃなく令ちゃんを選ぶ気なの?」
「由乃さん、ごめん。私も令さまのことが………」
「嘘吐き!!」
「っ!?」
「祥子さまに憧れているって言っていたじゃない!私と令ちゃんのこと祝福してくれるって言ってたじゃない!!」

 由乃の怒号に何も言えなくなってしまう。それにどれだけ言葉を重ねようと令と祐巳は由乃を裏切ったのだ。二人には由乃の怒りを真摯に受け止めるしかないのだ。

「令ちゃん、妹にしたいと思うのは由乃だけじゃなかったの!!」
「ごめん、由乃」
「そんな言葉で納得できるとでも___」
「でもあの頃のようにはもう戻れないんだ」
「令ちゃん………」

 弱々しく、それでいてハッキリとした拒絶だった。

「そう………」
「由乃さん」
「だったら姉妹でも何でもなればいいよ、その代わり………うっ!!」
「由乃さん?」
「由乃っ!!」

 突然胸を押さえ蹲る由乃に何が起きたのか理解できない祐巳と違い、令の行動は迅速且つ的確だった。

「薬は………ちゃんとあるね。由乃、水無しでも飲める?」
「う、うん」
「祐巳ちゃん、事務室か職員室に行ってタクシーの手配をお願い!」
「え、あ、え!?」
「早くっ!!」
「は、はいっ!」

 うろたえながらも令の剣幕に押される形で職員室へと走り出す。

「由乃、すぐにタクシーが来るからそれまで頑張って」
「はぁ、はぁ、はぁ」

 薬を飲んだことを確認し、そのまま抱きかかえて校門へと向うのだった。





          ◇   ◇   ◇






「由乃、気分はどうかな?」
「………………」

 あの後由乃の発作は直ぐに治まったが念には念をと現在病院で休んでいた。

「由乃?」
「もう平気だから放って置いてよ」

 とっさに発作が起きたことで頭が由乃の体の事で一杯一杯になっていたが、本当なら由乃に三行半を突きつけていた最中なのだ。

「最近発作らしい発作が無かったから油断してたよ。でもこれも今日で終わりだからもう心配することは無いよ」
「終わりって………まさかっ!?」

 吐き捨てるように言う由乃が自暴自棄になっているように見えて慌てるが、

「ちょっと、まさか自棄になって自殺するとでも思ったの?」
「ち、違うの?」
「はぁ、令ちゃんは私に死んで欲しいのかな」

 呆れられたものの最悪の展開ではないことに一安心する。

「元々明日から手術に備えて入院しようとしていたからね。だから一日早まっただけだから」
「あ、そうなんだ………って、手術っ!?」
「令ちゃん、ここ一応病院なんだから静かにしようよ」
「手術なんて聞いてないよ!どうして私に何も相談しなかったの?」

 いくら難しくない手術とはいえ場所は心臓、万が一の場合最悪の事態が待っているのだ。それを理解していたからこそ今まで由乃は手術を嫌がっていたのだと令は考えていた。そして令も手術を受け元気になって欲しいと思う反面、万が一の最悪の事態を恐れて現状維持でホッとしていたのだ。

「発作だって最近は殆ど無くなったし、無理に手術しなくても薬の投与だけで何とか………」
「令ちゃん、落ち着いて!」
「で、でも」
「令ちゃんが不安に感じるのはわかるよ、正直私だって不安だし怖いよ」

 手術を受ける当の由乃は令以上の不安を感じている。だがそれ以上に由乃には大きな決意があった。

「でももう決めた事なの」
「何で、何で今になって手術しようと思ったの?」
「どこから話そうかな」

 そして由乃は今まで抱えてきた胸の内を語り始めた。

「入学式の時令ちゃんロザリオをくれなかったでしょ。あの時思ったの、私がこんな体だから令ちゃんの重荷になっているんだって」
「私は由乃のことを重荷だなんて思ってないよ」
「でも令ちゃん、昔は剣道の稽古嫌いだったでしょ。令ちゃんが真剣に剣道に打ち込むようになったのって、確か私が病気を患うようになってからよね」

 苦しそうにする従姉妹の病気を治してあげたかった。だが子供の頃の令に病気を治してあげることは出来ない。だからせめて由乃を守ってあげれる存在になりたかった。外で遊ぶことが出来なくなった由乃のためにお菓子作りも始めた。今の令を形作る要素は全て由乃の為に始めた行為がきっかけといっても過言ではなかった。

「最初は令ちゃんが私の為に色々としてくれるのが嬉しかった。私が病気を患っている間は令ちゃんを独占できると思っていた」

 由乃にとって手術の失敗による死の恐怖と同じ位、令が由乃の元を離れるのが怖かった。手術さえしなければ令と死別することは無くなる、病人であり続ければ令の事を独占し続けていられる。そんな誘惑に流され由乃は手術をしようとは考えなかった。

「でも令ちゃんが高等部に上がって今の黄薔薇さまの妹になってようやく分かったの。か弱いだけの存在で令ちゃんを束縛し続けることは無理なのだと、そしてそんなマイナス思考は私らしくないんだって事に」

 だからこそ令からお互いの付き合い方を見直そうと提案を受けた時、由乃は素直に応じたのだ。これを機に令から守ってもらうだけの存在から、令と対等な関係になろうと思ったのだ。そして自分自身を変える事が出来た時こそ胸を張って令の妹になろうと考えていた。

「だからこそ手術を受けようと考えた。でも皮肉な事に紅薔薇さまと黄薔薇さまが覚悟を台無しにしてくれた。だってあんな企画を持ち出されたらオチオチ入院生活なんてしている場合じゃないでしょ」

 結果由乃は手術を延期せざるを得なかった。せめて祐巳と志摩子の関心が令でないことを確認するまで、願わくば二人が祥子と聖の妹になる事を期待していた。幸い早い段階で志摩子は聖と相思相愛である事が発覚し、祥子も祐巳に関心をもってくれたし、祐巳も祥子に憧れている。志摩子と聖ほど確かな形でないにしろ、祐巳の性格上祥子から誘われて断れるとは到底思えなかった。だからこそこの二組を正式に姉妹にする為に先のデートを企画し、そのデートも幾つか布石を固めた。そしてあわよくばこれを機に令と正式姉妹になろうと。だが、

「志摩子さんと白薔薇さまが姉妹になった以上この企画もいつ終わってもおかしくないと思う。だから丁度良い機会だと思って手術の準備を進めてたんだ」
「だったらせめて一言くらい相談してくれれば………」
「だって言ったら令ちゃん反対するでしょ」

 結果は志摩子と聖が姉妹になったものの祐巳と祥子は姉妹にはならなかったし、令のロザリオ不所持が原因で自身も姉妹になり損ねたのだ。そして厄介な事に祐巳が祥子の誘いを断った原因は令なのだ。祐巳が祥子に憧れつつも令に惹かれている事、そして令も祐巳に惹かれているこの現状は由乃にとって芳しいとは言い難かった。

「確かに怖いけど山百合会の仕事を手伝ってきた事で自分に自信を付ける事が出来た。令ちゃんの妹として胸を張って手術に臨むことが出来る………そう思ってたんだけどね」
「由乃………」

 例え令と姉妹同然の形で収まっているとは言え、祥子と祐巳が姉妹になっていない以上どう転ぶかは分からない。実際令はデートの後は部活動に集中して薔薇の館には今日まで来なかった。それは令がまだ割り切れていないことに他ならなかった。だからこそこの手術は由乃にとって令の意識を自分に向けさせる為の手段でもあったのだ。

「でも令ちゃんは私じゃなく祐巳ちゃんを選んだ。だからもう由乃を守る騎士をしなくてもいいんだよ。これからは私じゃなく祐巳ちゃんの騎士に、ね」
「だからって放って置けるわけ無いじゃないか。たとえ姉妹になれなくても私と由乃は___」

 パンッ!

 乾いた音が令の頬に微かな、それでいて心には大きな痛みを感じさせる。

「そんな安っぽい同情なんていらない!!」
「そ、そんなつもりじゃあ………」
「私は誰かの二の次で満足なんて出来ない!祐巳さんを選ぶなら二度と私の前に来ないで!!」

 だからこれは由乃にとって最後の賭けなのだ。令が由乃を選び姉妹となるか、それとも由乃を見限り祐巳と姉妹になるのか………

「出て行って!!」





          ◇   ◇   ◇






(由乃に嫌われた………)

「…………ま」

 覚悟はしていたはずだった。だが改めて拒絶されると否応なしにもその現実が重く突き刺さり、まるで世界が終わってしまったかのような錯覚を感じてしまう。

(由乃が手術をしようというのに会う事も許されないなんて………)

「………さま」

 ただの喧嘩ならここまでショックを受ける事は無かった。だが今回はただの喧嘩ではない、由乃から三行半を叩き付けられたのだ。それも令が二心を抱き祐巳を選んだ事が原因で。

(いくら覚悟しているとは言え由乃だって不安のはずなんだ。そういう時こそ私が支えないといけないのに)

「………さま」

 令が学園で由乃に祐巳を選んだ事を告げた時、由乃はどれだけ傷付いたのだろうか?そして祐巳を選ぶといいながらも傍にいようとする令の態度にどれだけ歯痒い思いをさせただろうか?自分の侵した罪の重さに押し潰されそうになってしまう。

(いっそ病気を患うのが私だったら良かったのに、そしたらそのまま楽になれるのに………)

「令さま!!」
「ゆ、祐巳ちゃん!?」

 体を揺すられてようやく呼ばれ続けていた事に気付く。

「いつのまにか病院の外に出てたんだね」
「令さま………」

 だがそれだけ、それに気付いたところで令がしてきた事が何か変わるわけではない。どうしても先ほどの事を思い返し、自己嫌悪に陥ってしまう。そんな令の姿が見てられないのか顔を逸らしてしまう。

「令さま、どうして帰ってきたんですか?」
「え?」
「どうして由乃さんの傍にいてあげないんですか?」

 祐巳は俯いたままなので表情は分からないが、その問いに非難が込められているのは理解できた。

「いいんだよ、私には由乃を傷付ける事しか出来ないのだから」
「本気で言っているんですか?由乃さんがどれだけ不安に感じているか、どれだけ令さまにいて欲しいと思っているのか分からないわけじゃないでしょう」
「でも、私はもう祐巳ちゃんを選んだ。由乃にとって誰かの二の次は返って傷付けるだけなんだ」
「だったら由乃さんにロザリオを渡してあげればいいじゃないですか!」

 令は祐巳の爆弾発言に耳を疑ってしまう。

(ヨシノニロザリオヲワタス?)

 確かにそれをすれば由乃の傍に戻ることは出来るだろう。だが由乃にロザリオを渡すと言う事は目の前の少女を、先ほどまで姉妹にしようとした少女を裏切る事に他ならない。

「そ、そんな事したら祐巳ちゃんが___」
「私の事は良いんです、私には友達が何人もいますから。でも由乃さんには令さましかいないんです」

 令の申し出を承諾したのは気の迷いだった、後ろを振り向いた祐巳の背中はそう語っていた。

「祐巳ちゃんはそれで良いの?」
「はい、由乃さんも大切な友達ですから。だから由乃さんには幸せになって欲しいと願ってます」
「ま、待って………」
「だから由乃さんをよろしくお願いします」

 そう言って祐巳は駆け出し、令の傍から離れ病院を後にする。

「祐巳ちゃん………」

 急いで追いかければまだ間に合っていただろう。だが心のどこかでこれで良かったと思う気持ちがあったのも事実である。祐巳自ら身を引いてくれたお陰で後は由乃にロザリオを渡せば万々歳、令が祐巳の事を諦めれば祥子がいずれ祐巳を妹にするだろうから丸く収まるはず。

「最低だ、こんな馬鹿げた事考えるなんて………」

 由乃を傷付け、祐巳にあんな事を言わせ、それでも何も出来ないでいる自分が嫌になってくる。

「じゃあ令はどうしたい?」
「お姉さまっ!?」
「悪いけど一部始終見させてもらったわ」

 江利子には令たちがどういう結論を出すのか、そのお膳立てした者として事の顛末を見守る義務があった。できる事なら見届けるだけに留まりたかったが、さすがにこれ以上黙って見続ける事は出来なかった。

「最初から、全部見ていたんですね」
「ええ、そうよ」

 無論令はその事について非難するつもりは毛頭無い。むしろ江利子がちゃんと自分のことを見守っててくれたという事実に、救われたような気になった。

(私にはまだ見守ってくれるお姉さまがいる)

 僅かながら生気を取り戻した令の顔を見て江利子は言葉を続けていく。

「今令は四つの選択肢があるわ。どれを選ぶのも令の勝手、私は反対しないわ」

 一つは由乃にロザリオを渡し祐巳を諦めるという選択。

 一つは祐巳にロザリオを渡し由乃を諦めるという選択。

 一つは由乃と祐巳そして全てから逃げるという選択。

「あの、三つまでは分かりますが四つ目の選択肢は一体?」
「忘れた?どうしようもなくなったら私を頼りなさいって言ったでしょう」

 あの時の言葉に嘘偽りはない。もし本当に令がどうしようもなくなった時、例え学園中を敵に回してでも令を守る決意があった。

「改めて聞くわ、令はどうしたいの?」
「お姉さまは今この場で答えを出せと言うのですね」
「選択肢が四つあるのは今この時が最後よ、それでも答えを先延ばしする?」
「いえ、ここで答えを出します」

 どんなに失態を続けようと令を見守りつつけてくれた江利子の優しさに答える為にも、令はこの場で答えを出す決心をする。

(お姉さまが私の姉である事を誇りに持てるよう決して二人から、そして自分自身から逃げない!)

「お姉さま私は____」











  もし宜しければ下記ファームかメール又は掲示板に感想を頂けたら幸いです。


<第十話> <TRUEエンド>
<NORMALエンド>






inserted by FC2 system