「じゃあ由乃くん、いくら体調が戻ったからって無茶をしてはいけないよ。手術の日は近いんだからね」
「解ってますよ、せっかく決意したのにこんなところで台無しにするような愚行は犯しませんよ」

 検診を終え、去り際に耳に胼胝が出来る位聞き飽きたお小言に形だけの返事を答える。

(いくら先生でも早く出て行ってよね。先生がいたらいつまで経っても令ちゃんが来れないじゃない)

 昨日から令を待ち続ける由乃としては、定期健診に来た医者や看護士も邪魔で仕方ないのだ。そんな由乃の気持ちが通じたのか、それ以上お小言は続けずそのまま医者は病室を後にする。そして

 コンコンコン

 扉の方からノック音が鳴る。先ほど検診を終えたばかりなので医者や看護士ではないのは間違いないだろう。

(ようやく由乃の元に戻ってくれたようね)

 昨日令に今まで溜め込んでいた思いの丈をぶつけ、追い返した事で祐巳に現を抜かしていた令の目を覚ましたはず。そして令が昔のように自分だけを見てくれるようお膳立てしたのだ。

(これで本当の意味で私の高校生活が始まる、令ちゃんと共に歩んでいく薔薇色の日々が)

 だが由乃の期待とは裏腹に部屋に入ってきたのは令ではなく

「ごきげんよう、由乃ちゃん。昨日倒れたと聞いたけど具合はいかがかしら?」
「何で祥子さまが………」
「その様子だと心配ないようね。少なくとも今は………」

(そっか、………)

 勘が良いというのは時には考え物かもしれない。祥子がこの場に来た事で期待と不安で興奮していた気持ちが一瞬で冷めてきた。

「私たち、振られたんですね」
「私がもう少し祐巳に積極的になれていれば………」
「止しましょう、言い出したらきりが無いですから」

 祥子の自虐的な言葉は由乃にも通ずること、祥子が悔やみ事を言えばその分由乃に否応なしにも残酷な現実を突きつける事になる。そしてそれは由乃が悔やみ事を言った場合も同様である。

「そうね、じゃあ私はこれで失礼するわ」

 ちゃんとした形で言うべき事を言ったわけではないが、言わんとした事は既に伝わった。だからこれ以上ここにいる必要はない、祥子は病室を後にしようとする。

「今検診が終わったところですし、両親も今日はもう来ないと思います」
「由乃ちゃん?」
「もう少しだけここにいませんか?今なら周りの目を気にしなくても問題ないですよ」
「………そうね、もう少しだけここにいさせてもらうわ」

 由乃も自尊心の高い部類の人間だが、祥子は更にその上を行くだろう。そんな祥子が今回の一件で受けた痛みを打ち明けれる相手、弱みを見せれる相手が果たしているのだろうか?家族にすらそんな弱い一面は表に出そうとしないだろう。だとしたら一体いつ祥子は涙を流す事が出来るのか?だが同じ痛みを持つ者の前ならあるいは………

(違うか、祥子さまには紅薔薇さまがいる。結局私が独りで泣きを見るのが嫌なだけか)

 傷付いた者同士が寄り添い傷を舐め合おうとは思わない。ただ独りにはなりたくなかった、誰か傍にいて欲しかった。そういう意味では今の由乃にとって祥子は丁度良い相手だった。

「その代わり少しの間こちらを見ないでもらえるかしら?」
「ええ、その代わり祥子さまも………」

 だから祥子が傍にいてくれて助かったのだ。ようやく泣く事が許されたような気がしたから………





          ◇   ◇   ◇






「祐巳さん、ちょっと付き合ってくれないかな?」
「どうかしたの、桂さん?」
「いいから、いいから」

 そう言われて桂さんに付いて行かなければなければ良かった。

「桂さん、どこに向かっているの?」
「え〜と、確かこの辺りのはずなんだけど………あ、いたいた」
「令さま………」

 桂さんに連れて行かれた先は令さまが佇んでいた、私と令さまが初めてあったあの場所に………

「桂さん、ありがとうね」
「いえいえ、他ならぬ令さまの頼みとあっては断れませんよ。じゃあ祐巳さん、私はこれで失礼しますね」
「あ、うん」

 つまり桂さんは令さまに頼まれて私をここに連れてきたわけね。おそらく昨日の件についてなんだろうな。

「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
「ごきげんよう、令さま」
「突然呼び出してゴメンね。でもどうしても祐巳ちゃんに伝えたい事があったから」

 あぁ、由乃さんと仲直りしたのかな。それともこれから仲直りしてくると言う決意表明かな。

「ようやく決心が付いたようですね」
「うん、情けないけどこれも祐巳ちゃんのお陰だよ」

 辛いけど今は、せめて令さまの前では泣かないよう私も覚悟を決めるとしよう。令さまがこれ以上ご自身を責めないですむように………

「単刀直入に言うよ。祐巳ちゃん、このロザリオを受け取ってもらえないかな」
「え?」

 今、令さまは何って言ったの?

「もう一度言うよ、このロザリオを受け取ってもらえないかな。私と姉妹になる証として」
「で、でもっ!」
「あの時祐巳ちゃんに告白した言葉に嘘偽りは無いよ」

 この人は何を言っているの?アレだけ大切にしてきた由乃さんを放っておくと言うの?これから心臓の手術をしようとする由乃さんにそんな酷い仕打ちをするというの!?

「最低な人間と言われたらそこまでよね。由乃は今も手術の恐怖と闘っているのに、私はそんな由乃を放って祐巳ちゃんを妹にしようとしている」
「そこまでわかっているならどうして!?」
「私にはもう祐巳ちゃん以上に好きな人が他にいないんだ!例え由乃でもお姉さまでも、祐巳ちゃん以上に大切な人は、傍にいて欲しい人は他にいないんだ!!」

 どうして令さまはここまで私を想ってくれるのだろう。由乃さんを傷付く事に誰よりも胸を痛めるのは令さま自身なのに………

「そんな事を言われて私が喜ぶとでも思ったのですか?私に由乃さんを裏切らせ、この三年間由乃さんから令さまを奪った泥棒猫と呼ばれ続ける事のどこが喜ばしい事なんですか!?」
「何度も迷ったよ、私はどんなに罵られても構わない。でも祐巳ちゃんにもその累が及ぶ事が本当に良い事なのかって………」

 本当に辛そうな顔をしている、どうして私の為に令さまがそんな辛い思いをしなければいけないの?そんなに辛い思いをする位なら私の事なんて忘れてしまえばいいのに………

「でも、ここで諦めてしまったら一生後悔する事になる。そして自分の気持ちに嘘を付き続けて、由乃と向き合う事になる。そんな生き方はしたくないんだ」
「もう止めて!これ以上私の気持ちを惑わせないで下さい!」
「そして何より祐巳ちゃんをこれ以上悲しませたくないんだ」
「あ」

 令さまはまた私を抱きしめてくる。

「自惚れるなら祐巳ちゃんは私を求めている、私とこうしていたいと考えている。私が由乃を選んだらきっと悲しみに暮れると思う」
「それは自惚れ過ぎです、そんなの令さまらしくないですよ」
「私らしくない、か。でも祐巳ちゃん、よく『恋は盲目』って言うでしょ?私らしくない事をしてしまうぐらい祐巳ちゃんの存在が大きいって事じゃないかな。それに今分かったよ、これは自惚れではなく確信なんだと」
「あ、これは………」

 令さまに抱きしめられていた私は気付けば令さまの背に手を回し、自分から令さまに抱き付いている形になっていた。

「祐巳ちゃんが不安な気持ちも分かる、これから先由乃以外からも批判の声が来ると思う。でも」

 もう駄目かもしれない。

「私は祐巳ちゃんを守っていくことをここに誓う。祐巳ちゃんが背負う咎も全て私が背負っていく、何があっても悲しませない事をここに誓う」

 これ以上令さまへの気持ちを押し殺す事が自信がもうない。だから

「令さま一人だけが全てを背負うなんてただの傲慢です」
「祐巳ちゃん?」
「姉が妹の為に何でも辛い事を引き受けるのがが姉妹なんですか?そんなの私嫌です、姉妹なら苦しみも分かち合いたい、罪があるなら一緒に償っていきたいです」
「じゃあ………」

 覚悟を決めよう。今度は身を引く為ではなく、令さまと共に歩んでいく覚悟を、

「だからそんな独り善がりな思いを抱かないで下さい、私は令さまが思っているほど弱くは無いです」
「ごめん、祐巳ちゃんの気持ちを蔑ろにしてしまうところだったね」
「そう思うなら態度で示して下さい」
「私の妹になる事で茨の道を歩む事になるかもしれない、それでも私と共に支え合い歩んでくれないかな」
「はい、私は令さまの妹として共に歩んでいく事を誓います」

 そして令さまがロザリオを私の首にかける。ただそれだけの事に胸がこんなにも高鳴り、凄く嬉しいと思える。姉妹になったのだと実感が沸いてくる。

「よ、よろしくね。ゆ、祐巳………………ちゃん」
「れ、令さま。姉妹になったのですから『ちゃん』付けはどうかと………」
「それを言ったら祐巳ちゃんだって『令さま』のままじゃない。姉妹になったんだからちゃんと『お姉さま』と呼んでくれないと駄目じゃない」
「また『ちゃん』付けじゃないですか」

 ただ姉妹になった実感はあっても姉妹らしい関係になるにはまだまだ時間がかかるみたいで、

「揚げ足取らないでよ、今は祐巳ちゃんの………」
「そう言っている傍からまた『ちゃん』付け、令さまはまず姉としての自覚を持つべきじゃないですか?」

 まずはお互い自然体で呼び合える関係になるのが当面の課題のようである。





          ◇   ◇   ◇






「とりあえずおめでとう、令ちゃん、祐巳さん」
「あ、ありがとう由乃」
「ど、どうも」

 祐巳ちゃんを選んだ私が由乃に会いに行くのは恥知らずと言われても仕方ないかもしれない。だけどこれから手術に立ち向かう由乃に何も言わず、一度も会わないままではいられなかった。それにちゃんと私の口から私たちの出した答えを伝えるのがけじめというものである。

『祐巳ちゃん、本当に一緒に来なくても良いんだよ』
『令さまもしつこいです。言ったじゃないですか、共に歩んでいくと。妹として令さま一人を悪役にはしません』

 だから覚悟を決めて由乃を訪ねてこうして病院に来たのだが、由乃は意外と冷静に事態を受け止めていた。

「で、話しってそれだけ?」
「え〜と、由乃の方こそ他に言いたい事は無いの?」
「もしあの日もしくはその翌日に来たのなら文句の一つや二つは言うよ。でもさすがに一週間も経てば熱も冷めて少しは冷静になれるって」

 由乃に嫌われるのは辛いところだが、怒られるのを覚悟して来たのにこんなに淡白だと正直拍子抜けしてしまう。

「祐巳さん、令ちゃんの妹になれて幸せ?」
「あ、うん。由乃さんには悪いと思うけど………」
「ストップ、そう言うのは無しよ。令ちゃんが私を差し置いて祐巳さんを選んだのよ、自信持たないと私の立場が無くなっちゃうじゃない」
「ありがとう、私令さまの妹であることに誇りを持つね」

 でも良かった、由乃と祐巳ちゃんの仲が気まずくならなくて。この様子なら一安心だね。

「あ、令ちゃん。ちょっと耳貸して」
「ん、なんだい?」

 祐巳ちゃんの前では何か言い辛い事でもあるのかな?とりあえず由乃に耳を向けると

「この裏切り者ーーーーーーーー!!」
「ぐ、苦しぃ。く、首が………」
「由乃さん、落ち着いて」

 どこにそんな力があるのか、由乃は両手で私の首を絞めあげる。

「大体私に懺悔に来るんだったらもっと早くか手術が終わってから来るのが常識でしょ!これから手術を受けようという人間にそんなこと言いに来て体調崩したらどうするのよ!!」

 由乃の機嫌が直ったなんて都合の良すぎる事を考えた罰かな。

「由乃さんこそ、手術前なのにそんなに暴れたら………」
「誰の所為でこうなっていると思っているのよ、全部令ちゃんの所為じゃない!!」
「あ、泡吹いている!令さまが泡吹いているよ!?」

 とりあえず命が無事だったら院長を始め、病院の人たちにお騒がせした事をお詫びしよう。

「令ちゃんの馬鹿ーーーーーー!!」
「し、白目向いている!?これって不味過ぎるって!!」

 い、命あるよね?私に明日ってあるよね?





          ◇   ◇   ◇






「どうぞ、お姉さま」
「ありがとう、祐巳」

 私と祐巳が姉妹になって早一月、ようやくお互いぎこちない喋り方が無くなり姉妹らしくなってきた。今日も薔薇の館で私が焼いてきたタルトと祐巳ちゃんが淹れてくれた紅茶でティータイムだ。

「もしも〜し。令、私たちもいるんだけど」
「うん、祐巳ちゃんが淹れてくれた紅茶は美味しいよ」
「ありがとうございます、でもお姉さまが焼いてくれたタルトも美味しいですよ」
「駄目だこりゃ。天下の紅薔薇さまもこの馬鹿っプルには適わないみたいね」

 由乃とは前のような関係には戻れなくなった。でも手術は無事成功し、私たち姉妹ともそれなりに良好な関係になる事が出来たのだから十分過ぎる成果だろう。

「からかわないで頂戴、白薔薇さま。それにこのアツアツ振りももう終わりみたいよ」
「あぁ、あの二人が来たわけね」
「祐巳………」
「お姉さま」

 入学式で祐巳ちゃんと出会ってから紆余曲折してきたけど、今はこれでもかと言うぐらい幸せな日常を過ごせている。願わくばこの幸せがいつまでも続………

「「いつまでイチャついているのよ!!」」
「「うわっ!?」」
「ごきげんよう、祥子、由乃ちゃん」
「ごきげんよう、お姉さま、白薔薇さま」
「ごきげんよう、紅薔薇さま、白薔薇さま」
「さ、祥子も由乃も私たちに対する第一声と紅薔薇さまたちとは声のトーンが違いすぎない?」

 毎度毎度の事ながら突っ込まずにはいられないこの格差、だが決まって返ってくる言葉は

「令、貴女お姉さまと同列のつもりなの?」
「黄薔薇さまから人目さえなければいつも通りにしていいと許可を貰ってますから」
「とほほほ………」

 私が祐巳と姉妹になってからお姉さまと紅薔薇さまの薔薇の館の体験企画は事実上消滅した。でも由乃はそんな事お構い無しに薔薇の館に来て仕事を手伝ってくれている。勿論手伝ってくれる事は助かるし、お姉さまたちも由乃のことを歓迎している。だけど、

「ちょっと目を離したら直ぐイチャイチャするんだから、ほんと油断も隙もあったものじゃないよ」
「でもほら、私たち姉妹なんだから一緒にいるのは当然じゃない?」

 決まって私たちの邪魔をするのはどうにかならないだろうか。しかも

「ほら祐巳、タイが曲がっていてよ」
「す、すみません、祥子さま」
「しょうがないわね、私が直してあげるわ」
「祥子、そうやって乱れても無いタイを直そうとするのは白々しくないの?」
「姉の癖に妹のちょっとした乱れに気付けなかったからって八つ当たり?」

 祥子は祥子でまだ未練………と言うより未だに諦めてないのか未だに祐巳にちょっかいを出してくる。

「祐巳は私の妹なのよ、あまり他人の妹にちょっかい出さないで頂戴」
「令の妹だからこそ仲良くするのは当然の成り行きでしょう?祐巳とは来年も一緒に薔薇の館の仕事をしていくのだから」
「だ・か・ら!祐巳は私の妹、まるで祥子の妹みたいな言い方は止めてくれないかな」
「うわぁ、令ちゃんってホント独占欲の塊ね。祐巳さんが他の人と仲良くするのがそんなに許せないのかしら?」
「由乃まで………」

 二人で容赦なく攻め立てられるし、

「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
「ぎゃっ!」
「う〜ん、可愛い孫の抱き心地は相変わらずでお祖母ちゃん満足満足♪」
「黄薔薇さま、祐巳ちゃんに抱きつくのは私が元祖なんだけど」
「じゃあ白薔薇さまと私とでサンドイッチにしてみる?」
「いいね、じゃあ………」
「ロ、白薔薇さまちょっと待………ふぎゃ」
「お、これはいつもにない新しい感触ね」
「お姉さまに白薔薇さま、祐巳で遊ばないで下さい!!」

 お姉さまも白薔薇さまも面白がって私たちをからかおうとする始末。毎日がこんなお祭り騒ぎだから息をつく暇も無いのだ。でも

「でも去年より賑やかで楽しい毎日、でしょ?」
「お姉さま、他人の心を読まないで下さい」

 だが実際お姉さまの言う通り今この時を心地良く思っているのも確かである。もしあの時私が祐巳じゃなく由乃を選んだら………

「お姉さま、どうかしたんですか?」
「ううん、何でもないよ」

 止そう。今の私には入学式で出会った一見普通で、それでいてどこか普通じゃない世界で一番愛しい子が傍にいる。

「祐巳、一つ聞くよ」

 あの時出会った縁がきっかけで今こうして姉妹という形に収まっている。結果由乃とは姉妹にはなれなかったけど、従姉妹である事に変わりはないし、今もこうやって馬鹿騒ぎが出来る間柄なのだ。これ以上を望むのは欲張りかもしれない。

「祐巳、今幸せ?」
「はい!」

 だから今この時を祐巳と共に謳歌しよう。この縁が齎した素晴らしき日々を………














 あ と が き

 これで本当の意味での合縁奇縁完結です。今回が初めて合縁奇縁の最終話をご覧になった方、こちらがTRUEエンドで令と祐巳が姉妹になるエンディングです。もし令の妹は由乃じゃないと駄目と言うのであればNORMALエンドとして令と由乃が姉妹になるエンディングもちゃんと用意しているのでそちらをご覧になって下さい。
 ちなみにこのTRUEエンド、祥子と由乃は姉妹になってはいません。あくまで二人は気の知れた上級生と下級生という形です。でもこの先もしかしたら………とまぁ、それはさて置いて、機会があればこの合縁奇縁の設定を使って短編をいくつか書いてみたいところです。




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        <第十一話>

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