「思えばあっという間の出来事だったね」
「そうですね。私も幼少の頃からリリアンに在籍してましたけど、この短期間でここまで慌しい毎日を過ごしたのは今回が初めてです」

 翌日令は祐巳を二人の出会った場所に呼んでいた。

「でしょうね、祐巳ちゃん顔がコロコロ変わって絵に描いたような百面相だったよ」
「普通薔薇さまに囲まれたら誰だって似たような反応をしますよ」
「でも由乃や志摩子は祐巳ちゃんほどユニークな反応はしなかったと思うけど?」
「それは二人が大物なだけです。私は二人と違って普通の小物ですから」

 そう言って黄薔薇のつぼみ相手に拗ねたり冗談を言い合える事が出来るのも、他の生徒からしてみれば十分大物としてみなされるだろう。

「小物は小物でも中身が薄っぺらな大物よりマシだと思うけどな」
「それだと大物とは言えないんじゃないですか?」
「じゃあ私は大物じゃないね、一年お姉さまの妹をやってきたけど未だに小物のままだよ」

 だがそれも祐巳が黄薔薇のつぼみとしてではなく、支倉令という一人の上級生として向き合うようになったから。そして山百合会の仕事を通して二人の距離が近付いたから。だが、

「だからかな、いつも失敗ばかりしてしまう。由乃を傷付け、祐巳ちゃんを傷つけ、祥子を傷付け………今再び祐巳ちゃんを傷付けようとしている」
「覚悟ができたようですね」
「うん、私は由乃を妹にする」

 それも今日この時までである。令は由乃を選び、祐巳と姉妹になる話は事実上破談となったのだ。こうなった以上前のような関係でい続けるのは不可能である。

「祐巳ちゃんを妹に迎えるという話し、自分で持ちかけておいて本当に勝手だと思うけど………」
「分かってます、それにそうするよう言ったのは私ですからね」
「だけど私は祐巳ちゃんの事………」

『好きだった』

 だがそれ以上は言えなかった。言えば返って祐巳を傷付けることが分かっていたから。

「私はあの日、令さまと出会えて良かったと思ってます」
「私もだよ。祐巳ちゃんと出会ったこと、そして一緒に仕事が出来て良かったよ」

 だからこれが精一杯だった。これ以上言葉を重ねても上辺だけの言葉になるから、後は祐巳が独りになれるようこの場を後にするだけである。

「じゃあ………」
「一つだけ、一つだけ我侭言っていいですか?」
「うん、、いいよ」
「黄薔薇さまから貰ったあのペンダントを私にくれませんか」

 正確に言えばロザリオの代わりに借りて返しそびれているだけなのだが、それはこの際いいだろう。問題なのは

「どうしてこれを?」
「そのペンダントがあったから令さまと由乃さんの関係が拗れたんですよ。そんな厄介な代物は持たないに越した事は無いと思いませんか」

 あの日、あのペンダントとロザリオを勘違いしなかったら………確かにそれも関係が拗れる要因だったかもしれない。だがそれはあくまで微々たる物に過ぎない。だから祐巳の本意は言葉通りではない。

「祐巳ちゃんが御祓いでもしてくれるのかい?」
「はい、でも今回が初めてだから今日明日では無理だと思います。しばらくこれに付きっ切りになってしまいますし、時間がかかってしまいそうです」
「うん、分かった。なら祐巳ちゃんの好意に甘えさせてもらうよ」

 そしてペンダントを祐巳へと手渡す。

「責任持ってお預かりしますね」
「うん、お願いね」
「じゃあ早速取り掛かりたいのでここで失礼します。令さま、ごきげんよう」

 そして祐巳は令に背を向けその場を後にする。これで祐巳はペンダントの御祓いに専念する為、もう薔薇の館には来ないだろう。それが二人の縁の行き着いた結末の一つなのだ。

「ごきげんよう、祐巳ちゃん」





          ◇   ◇   ◇






「祐巳ちゃん、強くなったね」
「本当にそうでしょうか?令のことが好きなら由乃ちゃんから奪い取るぐらいの気概を持つべきじゃないですか?」

 令と祐巳を見守る二つの影は最後まで口を挟まず、一部始終を黙って見守っていた。

「自分の気持ちより周りの人たちの気持ちを第一に考えてあげれる、これって結構難しい事よ。こんな生き方が出来るのはよっぽどの偽善者か大馬鹿よ」
「だとしたら間違いなく大馬鹿でしょうね。好きな人に甘えれなくて一体誰に甘えると言うのよ」
「じゃあ祥子が祐巳ちゃんが甘えられる人になる?」

 令の前では必死に絶えてた祐巳だが、令と分かれた今一人で泣ける場所へと向かうだろう。そんな祐巳に優しい声をかけてあげないのか?そう問う江利子に

「そう遠くない内には………ただ今だけはそっとしてあげるつもりです」
「そうね、せっかく令からあのペンダントを受け取ったんだからね」

 祐巳にとってあのペンダントは令と姉妹になれない代わりにロザリオの代用品として欲したわけではない。聖と志摩子が、令と由乃が姉妹になれば蓉子と江利子の企画は意味を成さなくなる。正確に言えば当初の目的を果たしたから自然消滅というのが妥当だろう。

「こうなってしまった以上祐巳ちゃんは薔薇の館に来る事は出来ない。でも私たちの口から『もう来なくていい』とも言えないし、令と祐巳ちゃんお互い吹っ切れる時間が欲しいはず」

 だからお互いが距離を置くことが出来る建前が、それがどんなに荒唐無稽な理由であっても必要だったのだ。

「でも祐巳はいずれ私が立ち直らせますわ。祐巳に令への想いを忘れさせること、それがあの時祐巳に頼まれた約束なのだから」
「でも祐巳ちゃんの令への想いは相当なものよ、祥子にそれが出来るかしら?」
「負けず嫌いのこの私がいつまでも令に負け続けでいられると思いますか?」

 使命感でもなければ同情でもない、ただ純粋に祐巳を求め祐巳の助けになりたいと思う祥子の真っ直ぐな視線を見て一安心する。

(祥子にこれほど想って貰えるなんて祐巳ちゃんも果報者ね。これだと蓉子が嫉妬しちゃうかもね)

「祐巳ちゃんのこと、よろしくね」

 いつか祐巳が全てを吹っ切れた時、祐巳が薔薇の館を訪れるだろう。その時は本当の仲間として大歓迎しよう。

『ごきげんよう、紅薔薇のつぼみの妹』

 と………





          ◇   ◇   ◇






「由乃………」
「………………」

 寝ているのかそれとも無視しているのか、いずれにしろ返事は返ってこなかった。

「さっき祐巳ちゃんに会って姉妹になれない事を伝えてきたよ」
「………………」
「本当に酷い事をしたと思うよ、由乃にも祐巳ちゃんにも………」
「………………」

 だがどちらでも構わなかった、もし無視しているだけならそのまま話すだけ。そしてもし本当に寝ているなら起きた後にもう一度、納得してもらうまで何度でも話すだけ。

「でもこれ以上二人から逃げたくなかった、だから答えを出したよ」
「………………」
「私は由乃が誰より愛しく思っている。例え影で色々と工作したり、こんな強引な手を取っていたとしてもね」
「っ!?」

 由乃が祥子と共謀し令と由乃、祥子と祐巳を姉妹にしようとしていたこと。そして由乃が令に振り向いてもらう為に手術に望もうとしている事、令は全て気付いた上で愛しいと言ったのだ。これにはさすがに無反応でい続けるのは無理だった。

「………どうして?」
「どうして気付いたの?ってことかな。それとも全て知りながら由乃を選ぶ理由?」
「両方」
「じゃあまずは最初の質問から答えるね。最初は確かに何一つ気付く事は出来なかったよ」

 思えばこの由乃たちが薔薇の館に来るようになって毎日がお祭り騒ぎのような日々だった。だから令にはその本質まで目がいく事は無かった。

「何年由乃の従姉妹兼お隣さんを続けていると思っているのよ。ちょっと冷静になってみれば気付けないわけ無いでしょう」

 聖と志摩子がデートの時に起きた一悶着は由乃が裏で手を回していたこと、そしてその行き着いた先を偶然その場に居合わせた祥子と祐巳、そしてその二人の場に居合わせた令と由乃………もしそれぞれのデートコースを令や祐巳が決めたものなら偶然で済むだろう。だがそろぞれのデートコースを決めたのは祥子と由乃である。

「いくら負けず嫌い同士とは言え、やけに馬が合っていたのが気にはなっていたんだよ」
「腐ってもさすがは黄薔薇のつぼみってことか………」
「今の薔薇さまを見ていれば分かるでしょう、ああいう人たちと一年過ごしてきたんだから」

 考えてみれば去年は今の薔薇さまたちだけではなくそのお姉さまたちまでいたのだ。そんな状況で全く成長しない方が無理という話だろう。

「じゃあもう一つの質問の答えは?祐巳さんのことが好きだったんじゃないの?」
「正直言えば今でも好きだよ。誰にも渡したくない、私だけの祐巳ちゃんにしたいと考えたこともある」

 でなければ由乃を前にあそこまで祐巳への想いをぶちまけるなんて出来なかっただろう。だが、

「由乃が発作を起こして倒れた時、自分でも驚く位素早く的確に動いていた。きっと理屈じゃないんだと思う、支倉令にとって島津由乃という存在がどれだけ大きいのかと言う事は………」

 今まで近くにいたから、どんなに離れていても互いの心は傍にいると思っていたから気付かなかった。令自らそれを手放して気付かされたのだ。

「由乃が傍にいるから私は笑ったり泣いたり起こったりできた。由乃と共にあって初めて私は支倉令でいる事が出来る。だから由乃がいない私は多分空っぽな存在になるよ」
「空っぽになった令ちゃんを私じゃなく祐巳ちゃんで埋めようとは思わなかったの?」
「由乃の影響かな、理屈っぽいのが回りくどく感じてしまう」
「ちょっと令ちゃん、真面目に………」

 有無も言わせず由乃の手を取りロザリオを握らせる。

「最後の最後で支倉令がロザリオを私のは島津由乃、これが紛れも無い今の私の気持ち」
「そんなのズルイよ………」

 右手に握られたロザリオの感触を慈しむように確かめる。もしこれがあの時のペンダントであったとしても素直に受け取ったかもしれない。

「今度は直前になってお流れになったり無い?」
「うん」
「返せって言っても返さないから」
「うん」
「浮気とか許さないから」
「うん」
「黄薔薇さまより私を優先してよ」
「うん」
「あと………えと………」

 必死に言葉を探すがこれ以上は思いつかないようだ。だから

「全部分かったから、だから私支倉令の妹になってくれませんか?」
「私を令ちゃんの妹にして下さい」

 右手に握り締めていたロザリオを令に手渡し首にかけてもらう。ただそれだけ、婚姻届にサインをしたわけでもなければ結婚式を挙げたわけでもない。なのにロザリオをかけてもらった途端、令の妹になったと実感し胸が熱くなる。喜びのあまり涙が零れて来る。もうこの想いをどう伝えればいいのか分からなくなる。だから一言だけ

「ありがとう、お姉さま」





          ◇   ◇   ◇






 あれから一週間後、由乃は無事手術を乗り切る事が出来た。

「何だか思ったよりあっけなかったかな。全身麻酔だったから気付いた時にはもう終わってました、だからね」

 見ていて私も本当に手術したのかと疑問に思う位由乃は元気で、この調子だと前以上に振り回されそうな気がする。そして何よりも

「由乃ちゃん、すっかり元気になったわね」
「ええ、令ちゃんが傍にいてくれますから」
「そのようね、じゃあそろそろ令を返してもらおうかしら」

 予想通りというか当然の結末と言うか、由乃はお姉さまに懐くどころか噛み付いてばかりである。

「なっ!?令ちゃんは私のお姉さまです!!」
「だとしても令は私の妹よ、妹にとって姉の命令は絶対。例え由乃ちゃんであっても私たち姉妹の関係に口出しして欲しくないわね」
「なっ、なっ、なっ………」
「由乃、落ち着いて………」
「これが落ち着いてられるかーーーーーーー!!」

 お姉さまも由乃も頼むからここが病院だと言う事を思い出して欲しい。いつも病院に頭を下げている私の立場を考えて欲しいところである。

「まぁ冗談はさて置いて、実際人手が足りないのよ。だから令にはそろそろ戻ってくれないと私だけが負担が重く圧し掛かるのよね」
「祥子はまだ戻ってきてないんですね」

 あの後、祐巳ちゃんだけじゃなく祥子も薔薇の館に来なくなった。どうやら祐巳ちゃんに今も負けじとアプローチをかけているようだが、肝心なところで後一歩踏み込めなくて中々関係が進みそうに無いと言うのがお姉さまの見解である。

「その所為か紅薔薇さまは祥子の分まで全部私に押し付けるんだから困ったものよ」
「そうですか、だったら仕方ないですね。令ちゃん、薔薇の館の仕事を優先しなよ」
「由乃はそれでいいの?」
「だって祥子さまがいなくなったのは私たちの責任じゃない。紅薔薇さまが意地悪するのは仕方ない事でしょう」

 由乃もやっぱり責任を感じているのだろう。祥子のことだけじゃなく祐巳ちゃんのことに対しても………

「うん、分かった。じゃあ明日は薔薇の館の仕事を再開するから」
「頑張ってね、令ちゃん。じゃないと退院した後私の仕事まで多くなるから」
「って、それが理由!?」

 何だか由乃がますます小悪魔になっている気がする。しかも

「心配しなくても由乃ちゃんの分の仕事はちゃんと残しているから」
「何ですって!?」
「早く退院しないと一学期中に片付かないかも」

 これから先お姉さまとの間での口論の毎日が始まるだろう。そんな毎日を考えただけでも胃が痛くなってくる気がする。今度は私のほうが病院にお世話になるかも。でも

「きぃーーーー!令ちゃんも何とか言ってよ」
「令、まさか貴女私に逆らう気?」

 こんな生活も良いかな?と思う自分がいる。由乃を傷付け、祐巳ちゃんを傷付け、祥子を傷つけて、それでも手にしたこの日常を精一杯生き抜こう。

「頼むからもう少し声を落としてよ。ここは病院なんだから」
「今はそういう問題じゃないでしょう!!」
「他の患者にとってはそういう問題だと思うけど」
「何か言った!!」

 そしていつか祥子が祐巳ちゃんを連れてくる時、黄薔薇姉妹三人仲良く笑顔で迎えれるよう………

「令ちゃん!!」
「令!!」

 ………三人仲良くはちょっと自信ないけど笑顔で迎えようと思う。いつかその日を来る事を信じて………


















 あ と が き 

 長らく続いた合縁奇縁、思えば構想そのものは2004年6月に『つぼみの選択』としてスタートしたわけですから一年半………話数にして考えたら11話なのに無駄に時間がかかってしまいましたね(汗)。今こうやって思い返すと反省と後悔の日々です。没になった多くの企画、気付いたら設定に大きな矛盾が出来てしまった為に一からやり直した事もあったりと色々と試行錯誤しました。
ですが読者からの感想を励みについに合縁奇縁NORMALエンドここに完結です。ですがこれはあくまでNORMALエンドです。原作通り本来あるべき形になるエンディング、それがこのNORMALエンドです。機会があればTRUEエンドの方もご覧になっていただければ幸いです(現在執筆中)。
 願わくば二人に幸あらん事を、ではでは〜

  もし宜しければ下記ファームかメール又は掲示板に感想を頂けたら幸いです。


        <第十一話>

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