最初はまだ見ぬあの人に嫉妬していただけでした。

『祥子お姉さま、妹をお作りになったというのは本当なのですか?』
『ええ、そうよ。直ぐに百面相して見ていて飽きない子、そして今私にとって一番傍にいて欲しい子よ』

 そしていざあの人に会ってみたものの、私を差し置いて祥子お姉さまの妹になったと言う事実から世辞にも良い印象はもてませんでした。

『何だってあんな人が祥子お姉さまの妹になれたのかしら。どう見ても瞳子の方が祥子お姉さまの妹に相応しいじゃない』

 だけど私がどう足掻こうとあの人が祥子お姉さまの妹であると言う事実は変わらない。だからせめて妹ではなく親戚として少しでも祥子お姉さまの傍にいようと思いました。

『祥子お姉さま一緒に帰りましょう』

 そして良くも悪くも諦めと言う形で心の整理が出来そうな矢先、祥子お姉さまのお祖母さまが倒れてしまわれた。祥子お姉さまはお祖母さまが長くないことにお気付きなり、少しでも傍にいようと看病に通う毎日を過ごすようになりました。ですがそんな祥子お姉さまの気持ちも理解できず、自分の都合ばかり言うあの人の存在が鬱陶しいと感じたのも否定できません。ですが、

『これ、お返ししますね』
『『っ!?』』
『そしてさようなら、祥子さま』

 祥子お姉さまばかり見ていたから気付けなかった。あの人がどれだけ傷付いていたのか、私という存在がどれだけあの人を不安にしていたのかを。

『待って、祐巳!!』

 気付いた時にはあの人は祥子お姉さまにロザリオを返し、私たちの前から逃げるように走り出した。そして、

 キキィィィィィィィィィィツ!!

『あ!?』
『祐巳っ!?』

 後を追いかけた私たちが見たのはとっさの急ブレーキで歩道を乗り上げた乗用車と

 ドンッ!!

 宙を舞うあの人の体、そして朱に染まる水溜り………

『嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』








 降り止まぬ雨







「帰って………くれませんか」
「ゆ、祐麒さん?」

 事故から数日後、祐巳の意識が戻ったと祐麒から知らせを受けた山百合会幹部の面々はお見舞いに来ていた。だが病室の前で祥子と瞳子だけは祐麒から面会を断られたのだ。

「二人だけは祐巳に会わせたくないんです」
「で、でも祐麒さん、祥子さまは姉として祐巳さんのことを案じているんですよ」
「じゃあ何で祐巳がこんな目に遭っているんですか?誰の所為で………」

 家族が傷付けられたこと、そしてその結果起きた悲劇。祐麒にはどうしても二人を許せなかった。だがここで声を荒げれば病室の祐巳にも気付かれてしまう。だからこそ本当なら胸倉を掴みたくなる激情を必死に抑えているのだ。

「俺の口からは祐巳は命に別状はないとしか言えません。どうしても気になるなら後で由乃さんたちから聞いてください」
「お、お願い祐麒さん!祐巳に………」
「祥子さま、少しは祐麒さんや祐巳さんの両親の気持ちを察したらどうなんですか!」
「うっ……」

 もはやこの事件は姉妹間のすれ違いではない、祥子が取った行動は結果として祐巳とその家族を傷付けたのだ。由乃程ではないにしろ、この場にいるものは多かれ少なかれ祥子に対しあまり良いイメージを持っていないのだ。

「祥子、今は我慢して頂戴。祐巳ちゃんのことはちゃんと後で報告するから」
「令、ごめんなさい」
「私にはいいよ、それより………」
「俺に謝るくらいなら直ぐに帰って下さい」

 これ以上話したくない、はっきりと拒絶されてしまった祥子はすごすご帰るしかなくなってしまう。

「祥子お姉さま、それで本当に宜しいのですか?」
「いいのよ、今の私に祐巳に会う資格が無いのだから………」

 令や志摩子はそんな二人に同情するが今はどうしようもないのだ。今の令たちにはせめて少しでも早く祥子と祐巳が縒りが戻せれるよう、祐巳の回復を見守るだけなのだ。

「じゃあみなさん、俺は席を外しますから祐巳の話し相手になってあげてください。ただし祥子さんや姉妹に関する話は一切なしでお願いします」
「祥子さまの話題はともかく姉妹まで駄目って………今の祐巳さんは情緒不安定なの?」
「会えば解ります。では俺は下のロビーで待っていますから」

 祐麒の態度に怪訝な顔をするが、これから祐巳に会うのにそんな顔のままではいけないと顔を叩き、

「よし、気分を入れ替えたところで祐巳さんに会うとしましょうか」
「由乃、叩くなら自分の顔を叩きなよ」
「細かい事は気にしない、気にしない。祐巳さん、入るわよ」
「由乃〜〜〜」

 情けない声を上げる令を連れて病室に入るのは不謹慎かとも思ったが

「ごきげんよう、由乃さん。相変わらず仲が良いのね」

 確かに包帯を巻き点滴を打っているが、その穏やかな表情はいつもの福沢祐巳らしい表情だった。

「ごきげんよう、祐巳さん。思ったより元気そうだね」
「そうでもないよ、何針か縫ったみたいだし………」
「祐巳さん、わざわざ起きなくても寝たままでもいいよ」
「ううん、その位は大丈夫だから。それに由乃さんなら必要以上に過保護にされる側の気持ちが分かってくれるよね?」
「まぁそうだけど………でも無理しないでよ。過保護にされる側は慣れても、心配する側は経験が薄いから加減が分からないんだからね」

 由乃と祐巳が冗談を言い合う姿を見て安心し、志摩子たちも病室に入りそれぞれ挨拶を交し合う。

「まさかこんな大揃いでお見舞いに来てくれるとは思わなかったよ」
「祐巳さんがあんな事になって心配するなって言う方が無理な注文よ」
「そうですね、クラスでも祐巳さまを心配する声が後を耐えませんでしたから」
「じゃあ早く退院してみんなに心配かけたことを謝らないといけないね」
「でも無茶をしないでね。祐巳さんが元気になってくれる事が一番の望みなのだから」

 心配そうに言うが事件の前のことを思えば祐巳も随分と明るくなっている。祥子と縒りを戻すか否かの問題が残っているとは言え、この分なら退院後少なくとも自分たちと祐巳との間では前のように過ごせると思っていた。だが、

「でも改めてみると三薔薇さまの内、白と黄の薔薇さまとその妹が見舞いに来ているなんて壮観だね」
「何言っているのよ、それを言えば祐巳ちゃんだって今や下級生に人気No.1の紅薔薇のつぼみじゃない」
「え?黄薔薇さま、どうして私が紅薔薇のつぼみなんですか?」

 最初は間接的とは言え祥子へと繋がる話題を持ち出した事に対する失言かと思った。

「確かに私は紅薔薇さまである祥子さまには憧れてますけど、他の薔薇さまたちに内緒で紅薔薇さまの妹になってませんよ。そもそも私に紅薔薇さまの妹だなんて不釣合いじゃないですか」

 誰もが祐麒が祥子に祐巳との面会を拒絶したのは祥子に対する嫌悪感によるものだと思っていた。自分たちには面会が許されたのは祐巳の状態が深刻なものじゃないと思っていた。それはこうして祐巳との会話の中で無意識にそういうことなのだと思い込んでいた。

「祐巳さん、何を言って………」
「姉妹といえば今や姉も妹もいないのは蔦子さんと私だけなのよね。はぁ〜、このままだとお母さん同様に縁の無いまま卒業するかも………」

 だが実際はそうではないのだ。ゆみは外傷こそたいしたことは無くとも、祥子の一件と事故のショックで祐巳の心には大きな欠落が出来たのだ。

「祐巳ちゃんは………その、本当に姉はいないの?」
「え?いませんよ。もしいたら由乃さんたちにちゃんと打ち明けますよ。それより改めて聞くなんてどうかしたんですか?」
「え、いや、ほら。最近祐巳ちゃんの人気も上がってきたしそろそろ良い話があったかな?って思っただけだよ」


 『変な黄薔薇さま』そう笑う祐巳があまりにも自然体で………



 祥子と令の呼び方が薔薇さまになっている事に気付いて………



 否応なしでも現実に気付かされてしまう………



 祐巳が記憶の欠如を、祐巳の中で祥子の妹になったと言う事実が消えてしまっている事に………



(だから祐麒さんは祥子さまと姉妹についての話題を拒んだのね)

 突きつけられた残酷な事実に誰もが言葉を失ってしまう。

「あれ?みんなどうかしたの?」

 祐巳の話しによると来週には退院し、学校に戻れる事になっている。

 ―――志摩子さん。どこにも行かないでね

 だがそれは紅薔薇のつぼみとしての祐巳ではない。

(どうしてこんな事になってしまったの?)

 ―――私が三年生になるまで、どこにも行かないで待っていてね

 祐巳が祥子の妹であったという事実を無くした以上、

(私はただ、乃梨子がいて、祐巳さんたちが、薔薇の館のみんながいて………)

 ――― 一緒に山百合会を背負っていくんだから。

 祐巳が薔薇の館に行く事は無いと言うことのだから………

(みんなと楽しい時を共に過ごしたかっただけなのに………)

 ―――志摩子さんがいなきゃ、私嫌だから

(私だって!私だって祐巳さんがいないなんて嫌よ!!)

 心の中で声に出せない叫びを、慟哭するのは志摩子だけではない。由乃と令も然り、まだ山百合会に入って間もない乃梨子でさえ遣る瀬無い想いを抱いているのだ。

「ね、ねぇ祐巳さん、退院したらまず何をやりたい?ほら、私剣道部に入ったじゃない、祐巳さんもこれを機に何か始めてみない?」
「そうだね、せっかくの学園生活を帰宅部のまま終わらせるのも勿体無いよね」
「じゃあ山百………」
「ん?」

 祐巳が覚えていなくてもお手伝いと言う形で山百合会の仕事をさせれば思い出すかも?そう思って誘おうとしたが考え直す。

(祐巳さんの性格から考えれば、紅薔薇のつぼみでない今の祐巳さんが山百合会の仕事の手伝いなんてやるわけ無いよね。祐巳さんって自分を卑下する上、変に強情だから………)

 紅薔薇のつぼみの妹、そして紅薔薇のつぼみになっても薔薇ファミリーの一員である事に役不足ではないのかと疑問を抱いていたのだ。そんな祐巳が紅薔薇のつぼみでない今の祐巳が山百合会の仕事を手伝いに薔薇の館へ行けるだろうか?答えはノーである。間違いなく祐巳は自分よりもっと相応しい人間を呼ぶことを勧めるだろ。

「ううん、何でもない。それより早く元気になってよ。祐巳さんがいないとイマイチ盛り上がらないからね」
「そうだね、うん。頑張って早く直すよ」
「じゃあ祐巳ちゃん、今日はこの辺で失礼するね」

 もっと色んなことを話したい、そうは思ってもこれ以上話し続ければ余計なことまで話してしまう危険性がある。後ろ髪引かれる思いではあるがここらが潮時である。

「またね、祐巳さん」
「うん、みんな今日はお見舞いに来てくれて本当にありがとう。早く退院するから姉妹喧嘩せずに待っててね」
「う、うん。姉妹喧嘩なんてしないわよ」

 祐巳には何気ない言葉が今の由乃たちにはどうしようもないくらい辛かった。由乃・令・志摩子・乃梨子の順に病室を後にする。

「私たち、どうしたのいいのかしら………」
「志摩子さん………」

 ただの喧嘩別れなら二人が復縁できるようお膳立てすると言うおせっかいができる。だが今の祐巳は喧嘩どころか姉妹になっていた事実すらなくなっているのだ。それに祐巳に祥子を会わせるのは祐麒が反対するだろう。ましてや祐麒の反対を押し切った頃で元通りになる可能性は決して高くない。

「私たちに出来るのは見守ってあげる事だけなのかもしれない」
「令ちゃん、そんな消極的なやり方は………」
「じゃあどうすればいいの?」
「そ、それは………」
「結局私たちは無力なんだよ………」



 『無力』この言葉がこれほど残酷で無慈悲な言葉だとは知らなかった。



 この残酷で無慈悲な言葉が今の自分たちを表すなんて認めたくなかった。



 だがこれが現実なのだ。



 今日も雨は無慈悲に降り続けていた………











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 第二話

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