「さて、全員揃いましたわね」

 三年生が卒業するまで残り僅かとなったとある日、紅薔薇のつぼみの妹こと、松平瞳子は皆の前で語り始める。

「全員と言っても三人だけなんだけど」

 そう言って話しの腰を折ったのは一年でありながら既に白薔薇のつぼみを襲名している二条乃梨子、

「乃梨子さん、そういう揚げ足を取るのは止めてくださいと何度もお願いしているでしょ」
「です乃梨子さんの横槍は暴走しがちな瞳子さんを止めるためには必要不可欠ですよ」

 さらに追い撃ちを掛けて来たのは黄薔薇のつぼみの妹こと、細川可南子、計三名は今温室で密談中なのだ。

「ちょっと可南子さん、今の言動は聞きずてならないわ。あなたのお姉さまならともかく、何で私が暴走しがちなのよ!!」
「図星を突かれたからってすぐに頭に血が上るなんてとても祐巳さまの妹とは思えませんわ」
「何ですって−−−!!」

 そうやって何かに付けては瞳子を非難し、煽る可南子も同じだと言いたかった。だがそれを言えばますます話しが拗れるので敢えてそこは黙り、先を促す。

「はいはい、その辺にしとこうね。お互い卒業式の準備で忙しい中こうして集まっているんだから」
「そ、それもそうね。そもそも私達はその卒業式の準備の一環でこうして集まったのですから」
「卒業式の一環?ならどうして私たちだけでこんな所で集まっているんですの?温室だから外に比べれば暖かいですけど、どうせ集まるなら薔薇の館で良いではないですか」

 「分かってないですわね」というジェスチャーをしながら呆れた顔をする。そもそも誰にも聞かれたくないから密談をしているのだ、とお互い刺々しく牽制し合う。

「で、瞳子は皆に内緒で何をしようと言うの?」
「二人ともご存知の通り山百合会の最後の仕事は卒業式とは別に『三年生を見送る会』と『薔薇さま方を見送る会』があるでしょう。ですがその中で一つ大きな問題が今になって発覚したんです」
「大きな問題とは?」
「実は先日お姉さまから『三年生を見送る会』についての説明を受けたんです」

 なんでもこの『三年生を見送る会』で毎年一年は隠し芸をやらされるそうだ。去年は前任の白薔薇さまだった佐藤聖が祐巳達にその事を教えてくれたから対処できたが、一昨年は直前まで知らされず、ぶっつけ本番でやらされていたそうだ。

「あの時祥子お姉さまは自ら歌いながら四羽の白鳥を踊りになり、黄薔薇さまはりんごを片手で握りつぶしたそうよ」
「確かにあのお二方ならそれぐらいの芸当は出来そうですわね。けど………」
「いくらなんでもね〜」

 仮にも薔薇さまとして全生徒から慕われている人達がそのような真似をするはずが無い、と二人が思うのは至極当然だろう。それにそもそもそんな面白そうな話しがあればあの新聞部が嗅ぎ付けないはずが無い、という理由もある。

「では乃梨子さんも可南子さんも信じないのですか?去年の『三年生を見送る会』でお姉さま方が恥を忍んで隠し芸をなさったのは紛れもない事実なんですよ」
「………つまり隠し芸は去年は行われたけどそれまでは無かった、と言う事ですね」
「ちっ、流石に鋭いですわね。ええ、確かに可南子さんの仰る通り薔薇の館にそんな伝統はありませんわ。聖さまがお姉さまたちをからかうために付いた嘘なのですから」
「瞳子、貴女一体何を企んでいるの?」
「企むだなんて人聞きの悪い、私はただ祥子お姉さまや黄薔薇さまに少しでも気持ち良く送り出そうと考えているだけですわ」

 先ほどまで騙そうとしておきながらいけしゃあしゃあと述べる。

「でも何だって隠し芸なのよ。そりゃあ去年は隠し芸があったのかもしれないけど、何も今年まで隠し芸に拘らなくても………」
「甘い!甘いわ、乃梨子さん!!貴女は祥子お姉さまのことをまだ理解しきれてないわ!!」
「いや、さすがに長年付き合ってきた瞳子や祥子さまの妹である祐巳さま以上にあの人のことを理解は出来ないでしょ」

 だが瞳子はそんな突っ込みも気にした様子も無く暴走列車の如く祥子を称え、賞賛の言葉を述べていく。曰く、エベレストより気高き魂の持ち主とか、ダヴィンチやピカソでも描けれない程の美を持つ御姿、あのお姉さまを虜にした神々しいまでの御身とか、側にいるだけで幸せな気持ちになれるお姉さまのあの笑顔を独占しているとか、何に対しても一生懸命で放って置けないお姉さまを支えようとする私を押しのけてまでお姉さまの御側にいようとしたりとか、お姉さまの………etc

(おいおい、途中から賞賛の言葉じゃなく恨み言になってるよ)

 既に祥子の話しから祐巳を賞賛する言葉に代わっている暴走振りを見せ付けられて二人はこう思う、『『この妹バカ!!』』と

「………あれ、何で私この様な話しをしていたんでしょう?」
「紅薔薇さまの話しじゃなかったのかよ(ですか)!!」
「そうそう、その話しでしたね。ちょっと前振りが長くなってしまったわね」

 ちょっと所ではないがこれ以上本題にも入らず長々と話しを続けられるのもウンザリなので先を促す。

「事の発端は去年のバレンタインですわ。あの日、お姉さまは祥子お姉さまにあげるチョコとは別に聖さま用の失敗作も用意していたんです。ですが誤って祥子お姉さまに聖さまに渡し損ねた失敗作のチョコを渡しかけたのです」

『だ、だめです。返してください、お姉さま』
『一度差し出した箱を引っ込めようなんて、見苦しいわよ』
『そうじゃなくて』

「いくらなんでも失敗作をこのまま差し出す訳にもいかず、差し出したチョコをを取替えようとするのですが事情を知らない祥子お姉さまは手を離してはくれません」

『いい加減手を離しなさい、祐巳』
『お姉さま、ですから、あの実はこちらが………』

「そのままチョコを取り合いながらも手提げの袋になる祥子お姉さま用のチョコを出そうとしたときでした。片方はお互いが引っ張り合った結果、箱が破けチョコが飛び出したのですわ。そしてもう片方もとっさに掴もうとした結果同じ末路を………」

『これ、何かのパフォーマンス?』
『はい。びっくりチョコレートっていいます。口が曲がるほど凄い味のはずれが混じっています。それでびっくり』

「とっさの誤魔化しがうまくいったのか、その時はそれ以上この事を聞かれずに済んだのです。ですがこの時のツケは一年後のバレンタインに起きたのです」
「それはまさかバレンタイン直後の数日間、紅薔薇さまと祐巳さまの関係が気まずかった事と関係があると仰るのですか?」
「ええ、その通りよ。実は祥子お姉さまは今まで身内以外の人からバレンタインチョコを貰った事が無いのです。言ってみればお姉さまから貰ったチョコが初めてのバレンタインチョコ同然なんです」

 去年・一昨年と祥子にチョコを渡そうとする子はいくらでもいた。だが祥子はその度に貰う謂れは無いと断ってきたのだ。故に去年のバレンタインは祥子にとって初めてのプレゼント、だからこそ変な誤解を真に受けてしまったのだ。

『お姉さま、今年のチョコは自分でも感心の出来だと自負しています。受け取ってもらえますか?』
『え、ええ。ありがたく頂くわ。けど………』
『けど?』
『祐巳、何で今年は爆発とかしてくれないのかしら?』

「こともあろうか祥子お姉さまはバレンタインチョコは爆発するものだと勘違いしていたのです。しかも当時その事をクラスメイトの方々にも話していたらしく、一年後になってようやく大恥を掻いた事に気がつき行きようの無い怒りをしばらく抱きつづけたのです」
「紅薔薇様にしては珍しく逆切れを起こさなかったんですね。それともあの人もようやく紅薔薇さまとして成長をなさったのかしら?」
「可南子さん、祥子お姉さまに対して何て口の聞き方をっ!!」
「瞳子さんがそれを言いますか、先ほどまで紅薔薇さまのことを………」
「ストップ、ストップ!!二人とも落ち着いてよ」

 喧嘩をしそうになる二人を止めに入る乃梨子、先ほどからこれで何度目になるだろうか?と考えたが直ぐに考えるのを止める。何故ならこの三人出揃って今までこういったやり取りが一桁で済んだ試しが無いからだ。

「とにかく瞳子が言いたいのは紅薔薇さまは『三年生を見送る会』で一年生が隠し芸をするのが恒例行事になっていると勘違いしている、そう言いたいのね?」
「そう、それよ!しかも祥子お姉さまの事だから用意してないと言っても無理やりさせようとするはずですわ!!」

 二人の脳裏に『去年の一年は恥を忍んでまで隠し芸をしたというのに今年の一年は何もしてくれないなんて………今年の一年は随分と薄情なのね。全く、祐巳たちは一年に一体どんな教育をしているのかしら?』という光景が目に浮かぶ。しかもその言葉に由乃が同意を示し、煽る姿さえも目に浮かぶ。

「やるしかないのね」
「不本意ではありますがやるしかない以上、ちゃんと用意する必要があるようですね」
「やっとご理解頂けようね。では早速ですが貴女たちに尋ねますが隠し芸のご経験は?」

 いくら乃梨子や可南子がリリアンに入学したのが高等部からとは言え、この年で隠し芸をマスターしているわけがない。二人が首を横に振る姿を見て瞳子は心の中でガッツポーズを決めながら続けていく。

「そう思ってちゃんと私が二人の分まで考えてあげましたわ」
「瞳子、まさかとんでもないものをさせようと考えてないでしょうね?」
「失礼な、そこまでキワモノなモノをさせようとはしませんわ。例えば乃梨子さんには白薔薇さまが去年やったマリア様の心の曲で日舞を………」
「無理!無理無理無理!!そんなのいくら妹だからって真似できない!!」

 豪快に首を横に振りながら無理だと主張する。それにそもそも乃梨子は日舞そのもの経験が無いのだ。

「心配しなくてもそのような無茶は言いませんわ。私が言いたいのは白薔薇様のような事は出来ないだろうから、その代わりに南京玉すだれをお願いしたかっただけです」
「日舞から随分とランクが落ちましたわね。まぁ南京玉すだれなら乃梨子さんも練習次第で十分モノに出来そうですね」
「そうだね、それに玉すだれなら何度か見た事があるから尚更だね」

 寺院巡りと称して全国を行き来していればその手の芸者の類を目にする事は多々ある。そんな乃梨子なら玉すだれの練習もし易いと踏んでの選択なのだ。

「じゃあ瞳子は何をするの?」
「可南子さんには悪いけど私は去年由乃さまがやったマジックをするわ。祥子お姉さまと黄薔薇さまだけではなく、由乃さまに本物のマジックと言うものを披露してあげますわ」

 何かと犬猿の仲である瞳子と可南子だが薔薇の館ではもう一つ良く衝突する組み合わせがある。それが瞳子と由乃なのだ。可南子と違い、似たもの同士が故に反発し合うこの二人が何かと張り合うのも薔薇の館では日常と化しているのだ。

「瞳子さんらしいと言えば瞳子さんらしい理由ですね」
「まぁ直接的な喧嘩をされるより幾分かマシと思うべきかな」
「何やら棘のある言い方ですけどまぁいいでしょう。では私はマジックで問題ないとして次は可南子さんですね」

 そして可南子は瞳子の案を嬉しそうに受け入れ、足取り軽くある人物の元へと向かっていく。

「まさかとは思うけど瞳子の本当の目的って今の案を可南子さんにさせることじゃないの?」
「あら、何でそう思うのかしら?」
「だって瞳子が何のメリットも無しに可南子さんが喜ぶような提案をする訳がないし、今だってしてやったりって顔してるよ」

 乃梨子の言葉に否定もせずこれから起こるであろう可南子の叫び声と悔しがる顔を楽しみにするのであった。



「謀ったわね、瞳子ーーーっ!!」




「じゃあ最後は可南子さんの番ですが、今回は特別ゲストでお姉さまも手伝ってくれます」
「祐巳ちゃんがゲストってまさか………」

 数日後、『三年生を見送る会』で乃梨子はようやく瞳子の企みを知ると同時に可南子に深く同情した。可南子と祐巳は頭にお揃いの豆絞りの手ぬぐいで頬被りをし、かごを被って登場したのだ。

「安来〜♪」

 カセットテープから流れるメロディに合わせ、頭のかごを手に踊り始める。それと同時に会場中が笑いの渦に包まれる。

「笑っちゃ駄目、笑っちゃ駄目なんだけど………ぷっ」

 最後まで必死に堪えようとした乃梨子もついに噴出してしまう。

「アラエッサッサ〜♪」

 泣き泣き踊りながら可南子は思う。

『私が可南子さんのお姉さまの芸をやるのだから可南子さんは私のお姉さまの芸をやってみてはいかがかしら?お姉さまの芸はコツを覚えるのまでが大変だからお姉さまにご指導をお願いするといいわ。きっと喜んで手取り足取り教えてくれるわよ』

 この言葉に騙され、行ってみればこの有様である。それがどんな芸なのかを聞かなかったとは言え、自分からご指導をお願いしに行ってやっぱりやめますとは言い辛いもの。しかも祐巳の性格上、自分を頼ってきた子を放って置く訳がない。例え本人が考えを改めたとしても、それを相手が気を使っていると勘違いし、手放そうとしないだろう。結果なし崩し的に可南子の安来節が確定事項となったのだ。

「瞳子、ナイス♪」
「いえいえ、ご満足頂けて何よりですわ♪」

 影で瞳子と由乃がほくそ笑む姿を恨めしながら見るものの、まだまだ曲は続くのであった………













 あ・と・が・き


 TVシリーズ第二期がもうじき始まるのを記念して『いとしき歳月』を再度読み返している時に思いついたネタです。
 真意はどうであれ隠し芸をやらされた元一年トリオが後輩たちにそれをさせるだろうか?いや、志摩子がやらせなくても祐巳か由乃がさせるだろう。そう思った結果がこれです。由乃は間違えなく江利子さま同様に面白いことだと判断したら即決するタイプですし、『パラソルをさして』以降の祐巳は瞳子や可南子に対して強気と言うか強引なところがありますからね。なので今回のSSのような展開もアリでは?と思った次第です。

 ちなみに今回祐巳と由乃の妹をそれぞれ瞳子と可南子を当てていますが、実を言うと自分は由乃の妹に可南子というイメージは持てないんですよね。『だったらこんな設定作るな』と言われたらそこまでですが、『薔薇ファミリーの一員として瞳子を出したい、そしてその対抗馬として(喧嘩相手として)可南子も出したい』そう思い今回のこの設定を作りました。

 でも実際のところ、由乃の妹が誰になるのか興味深いところです。作者のコメントやこれまでの展開を見る限り瞳子が祐巳の妹になる可能性は確定に近づく一方ですが、由乃自身は妹を作ろうとはしても一年生との絡みが殆ど無いのが現状です。マリみてのSSサイトの中には『笙子(勿論この人が誰なのか知ってますよね?)を由乃の妹に』という意見もありましたが、『ショコラとポートレート』以降未だに出番が無いのでファンの期待止まりですし………とにかく次の新刊でそろそろ妹選びに進展があることに期待してます。

 ではもしよければ下記ファームかメール又は掲示板に感想を頂けたら幸いです。ではでは〜







名前(匿名でも構いません)  
Eメール(匿名でも構いません)
URL(HPをお持ちであれば) 

この作品の感想を5段階評価で表すとしたらどのくらいですか?


メッセージがあればどうぞ










inserted by FC2 system