「ごきげんよう、志摩子さん」
「ごきげんよう、乃梨………どうしたの?」
「いえ、何でもないですよ」

 いつもなら人目さえなければ抱きついたりする乃梨子が今日は何故か普通に挨拶をしているのだ。ましてや志摩子の傍に近づこうとせず、少し距離を置いて挨拶をするというのはこの姉妹では珍しい事なのだ。

「だったらいつもの様に私の隣においで」
「いえ、人目もありますしこのままで………」
「乃梨子、もしかして私何か気に障るような事をしたの?」
「そ、そんなことないです!!」

 だが志摩子が泣きそうな顔で訴えられては乃梨子に耐えれるわけが無い。志摩子の手を両手で握り、

「私が志摩子さんのことを嫌うわけ無いじゃないですか」
「でも私の傍を離れないって言ったのに………」
「今は傍にいるでしょう、ただ………ほら、人目もありますし一応白薔薇のつぼみだから多少はそれらしくしてみようかなと」

 あれやこれやと必死に宥めるが志摩子が納得した様子は無く、

「乃梨子は私より白薔薇のつぼみであることを選ぶのね」
「私に限ってそんな事あるわけ無いじゃないですか。志摩子さんが白薔薇さまじゃなかったら薔薇さまなんてこれぽっちも関心のないまま三年間を過ごしていたはずですよ」
「でも薔薇さまになれば今より瞳子ちゃんと一緒に過ごせるようになるし………」
「瞳子はあくまでただの友達ですよ」

 藤堂志摩子は物分りの良い子である。それは周りだけではなく乃梨子たち親しい間柄から見ても同様である。だがこと乃梨子のこととなると甘えんぼになるところがある。最初は自分にだけ志摩子が甘えてくることが嬉しかったが、最近ではちょっとこれが困った事になっているのだ。

「志摩子さん、私のこの腕に何がありますか?」
「ロザリオ?」
「ええ、志摩子さんから貰ったロザリオです。これが私と志摩子さんの絆の証であり、仮に私に妹が出来てもこのロザリオは渡すつもりはありません」
「ありがとう、乃梨子。嬉しいわ」

 ようやく納得してくれたのか嬉しそうに乃梨子を抱きしめ幸せを噛み締める。

(はぁ、結局いつものパターン、そして私にこの手を振り払うことは出来ないのよね………)

 乃梨子が嬉しそうな顔をする志摩子を無碍に出来るわけが無いし、志摩子に抱きしめられる事は乃梨子にとって至福の時でもあるのだ。周囲から羨む声や二人の仲の良さを祝福する声が上がるのは当然の成り行きと言えるだろう。

(こんな調子で姉離れできるのかな?)






 お姉さまLOVE?





 きっかけは学園祭の後で妹から受けた指摘だった。

「お姉ちゃんって女子校(リリアン)に染まりきったんだね」
「な、何言っているのよ」
「本命に受験できなかったから仕方なくリリアンに行く、所詮大学受験までの足掛けだって言っていたのにさ」

 つまり妹は乃梨子が女子校独特の雰囲気に染まってしまった、有り体に言えば同性愛者になったと言っているのだ。だが乃梨子にはそんなつもりは無い。

「あのね、別にそういう趣味の人になったわけじゃなく」
「学校の話も何かある度に『志摩子さん』じゃない。学園祭でもず〜っとべったりだったしさ、私が何度も呼んでいたの気付いてなかったの?」

 言われて思い返してみれば学園祭で妹と会ったのは山百合会幹部による劇の終った後だけで、それまで一度も会うことは無かったのだ。と言うよりそれ以外は志摩子と過ごしていた記憶しか思い出せないのだ。

「お姉ちゃん、多分もう手遅れみたいだからノーマルに戻ってとは言わないよ」
「ちょっと待って、私がノーマルじゃないのは確定事項なの?」
「でももう少し節度を持った方がいいと思うよ」

 妹にささやかな反論を流され姉として少し悲しくなる。だが彼女の言う事に一理あることに変わりは無い。

「お姉ちゃん一応生徒会の役員のようなことしているんでしょう?だったら他の生徒の模範になれるようにならないと」
「うん、そうだね」
「多分今のままだとその『志摩子さん』にも良くないと思う。だからお姉ちゃんが………」
「ゴメン、心配かけたね」

 だからこそ妹の言う事を素直に受け止めようと思う。妹の心配もそうだが、志摩子に迷惑をかけることは乃梨子にとって何よりも好ましくない事なのだ。

「一度志摩子さんとの関係について考え直してみるよ。一時の感情に流されて回りに迷惑をかけるわけにはいかないからね」

 この時は本当に二人の関係について考え直そうとしていたのだ。この時は………







          ◇   ◇   ◇







「乃梨子、調子実習でマフィンを焼いたのだけど食べてくれるかしら」
「勿論!と言うか誰にもあげたくないで………はっ!?」
「乃梨子?」

 一応今でも考えてはいるはずなのだ。だがいざ志摩子を前にすると飼い主に尻尾を振る子犬のように甘えてしまうのだ。

「い、いえ、なんでもないです。じゃあお茶の用意をしますね」

(はぁ、何やっているんだろう)

 どれだけ悩もうと乃梨子が志摩子の前でベタベタに甘えてしまうのは避けようのない事実、パブロフの犬と言われても仕方ないのだ。しかも悲しいかな、乃梨子にとって相談できるはずの二人の友人には未だ姉がいない。なのでこの手の相談がしたくても出来ないのだ。

「乃梨子、今朝から様子がおかしいけど悩みでもあるの?」
「な、悩みですか!?」
「これでも乃梨子の姉よ、乃梨子が何か悩みがあるなら遠慮せず言って頂戴」
「そ、それは………」

 まさかその悩みの現況が志摩子自身であると言えるわけもなく、押し黙ってしまう。

「………そう、私では力不足なのね」
「そ、そんな事ないです!志摩子さんより頼りになる人なんていないよ!!」
「ありがとう、でも私より頼りになる人はいくらでもいるわ。そうだ、祐巳さんたちに相談してみたらどうかしら?」
「祐巳さまと由乃さま、ですか」

 狸顔のドジっ子と暴走列車な先輩を頼りにしていいのか大いに悩む所だが、このまま一人で考えても良い案が思いつかないのも明白である。むしろ志摩子からの勧めなので他の人に相談する事に対しての後ろめたさもなくて済む。

「そうですね、一度祐巳さまと由乃さまに相談してみます」

 だとすれば乃梨子に断る理由はない。早速二人を探して相談に乗ってもらおうと立ち上がると、

「でもまさかとは思うけど白薔薇革命なんて考えてないわよね?」

 結局その日は志摩子に安心して貰うために宥めて賺して放課後を過ごす羽目となってしまった………







          ◇   ◇   ◇







「乃梨子ちゃんの妹さんって随分としっかりしているのね。さすがは乃梨子ちゃんの妹さん、と言った所だね」
「でも祐巳さんもしっかり者の弟がいるじゃない。そうして考えると私も弟とか妹が欲しいところだね」
「あの、別に兄弟についての質問じゃないんですけど」

 翌日朝一で二人を捕まえ、相談に乗ってもらっているのだが中々話が進まないでいた。

「乃梨子ちゃんや祐巳さんは下に兄弟がいるから言えるのよ、私みたいにいない人間からしてみればどれだけ羨ましいことか………」
「だったら早く妹を作れば良いじゃない」
「それが出来ないから余計に羨ましいんじゃないんですか………ってそうじゃなくて!」

 だが普段志摩子とばかり話をしている所為か、中々二人のペースに追いつけず本題に移れないのだ。

「あ、そう言えば何の用事だっけ?」
「由乃さま、本気で行っているならマジでキレますよ」
「じょ、冗談よ。冗談」

(一瞬殺意を覚えたけどようやく本題に入れるのでひとまずそれは横に置いておこう)

「もう一度最初から話しますけど、実は最近………」

 今度は真剣に相談に乗ってくれるものだと期待して一から説明しなおすが、

「随分とつまらない事気にするのね」
「はい?」
「だってそうじゃない、お姉さまである志摩子さんと乃梨子ちゃんがラブラブする事のどこに問題があるの?」

 乃梨子の意に反して祐巳も由乃も別に気にした様子もなく平然としている。

「で、でもこのままだと道を踏み外すような………」
「う〜ん、心配するだけ無駄だと思うけどな」
「そうね、だってリリアンの半分は百合で出来ているのよ」
「はい?」

『百合―――ユリ科ユリ属植物の総称』

 一瞬広辞苑に乗っているような花の百合と言う意味が頭に浮かぶがそう意味ではないだろう。と言うよりただの現実逃避である。

(え〜と、百合って山百合会の事かな?リリアンって生徒会の事を山百合会って言うし………)

「もしも〜し、乃梨子ちゃん聞いている?」
「は、はい、聞いています。リリアンでは生徒会の事を白で内面に赤褐色の斑点のある大きな六弁花が特徴のユリ科の多年草と言うんですよね」
「あははは、乃梨子ちゃんってたまに面白い反応するよね」
「がーーーん!!」

 祐巳に面白い子扱いされた事と、自分でもおかしな事を言ってしまった事にショックを受けてしまう。

「私は、私だけはノーマルなままでいようと思っていたのに………どこで人生踏み外したんだろう………」
「仏像鑑賞なんて一風変わった趣味を持った辺りじゃないの?」
「志摩子さんと出会ってからは坂道を転がるように落ちていったって感じだよね」
「って、そうじゃなくて百合ってどういう事ですか!!」

 またも話が脱線しかかったのを慌てて修正する。本題に入ったかと思えばこの有様、だが内心このままこの話を続けていいものか疑問に思う。このまま有耶無耶にした方が身の為な気がしてくる。

「人がせっかくオブラートに言っているのにハッキリ言って欲しいの?」
「いえ、もう百合の意味はいいですから『リリアンの半分が百合で出来ている』と言う事の意味を聞きたいんですけど」
「意味も何もそのままの意味なんだけどね。ね、知っている?リリアンの高等部出身のOGは他所の学校に比べて結婚率が極めて低いって話し」

 元々リリアンに通う時点で家はそれなり裕福な家庭が殆どである。その為卒業後もそれなりの生活が保障されている為、親の保身で見合いをさせられない限り独身でも十分やっていけるのだ。だがやはり一番の理由はそれではない。

「姉妹になった関係って卒業後も関係が続くのが普通みたいでね、何年何十年経っても姉妹でい続けるところもあれば更に進んで同棲するのもあるしね」
「だから志摩子さんが好きなら世間の目なんて気にすることはないのよ。と言うかむしろリリアン出身でありながらノーマルでい続けようとするほうが奇特に見られるよ」
「な、な、な………」

 男子禁制の女子校には多かれ少なかれそういうタイプの人間がいるのは乃梨子も解っていた。だがリリアンはそんな乃梨子の想像をはるかに超えていたのだ。

「私のお母さんは姉も妹も出来なかったからお父さんと結婚したけど、由乃さんと令さまのところは両方イケルのよね」
「と言うかいつまでも一緒にいるためにお父さんたちと結婚したと言うほうが正しいかな」

 思えば董子も時折デートに行く事はあっても結婚という雰囲気を出した事は一度もない。あまり人のプライベートに立ち入るのは趣味ではないので今まで一度も相手を聞かなかったが、祐巳たちの話を聞いているとその相手がどういう相手なのかイメージ出来てしまう。

(こ、こんな学校早く辞めないと人として何か大切な事を無くしてしまう!?)

「乃梨子ちゃんは悪い方へ考えているみたいだけどそこまで深刻に考えることじゃないよ」
「で、ですが!」
「じゃあ質問、花寺の生徒会の副会長をしている高田鉄さんと志摩子さんどっちが好き?」
「身体作りが趣味なんていう筋肉馬鹿と志摩子さんを一緒にしないで下さい!!」

 乃梨子の歳で仏像鑑賞を趣味とし、それが原因で受験に失敗するのも十分変わり者ではあるが自分の事を棚にあげて酷い言い様である。

「じゃあ銀杏王子と志摩子さんは?」
「私や○いには興味ないですから」
「祐麒と志摩子さんは?」
「祐巳さまの弟と言うイメージで定着して、それ以上には見れませんね」
「じゃあ最後にジャ○ーズの人達と志摩子さんではどう?」
「所詮ブラウン管の世界の人たちじゃないですか。そんな人たちと知り合う機会なんてないし、仮に会えたとしても住む世界が違い過ぎます………はっ!?」

 そこまで言われてようやく気付かされる。自分が男性に興味がないということに、そして志摩子以外は眼中にすらないと言う事に………

「す、既にカミングアウトしている!?」
「最初はともかく祐麒ってあれで結構人気あるのに興味なし、アイドルでさえ論外となるとね〜」
「乃梨子ちゃんの中で志摩子さんの存在が大きいのか良く分ったわ」

(ごめん、お姉ちゃんもう手遅れみたい。あれ?でもリリアンではこれが普通なんだったら別に迷惑なんてかけないで済むって事だよね)

 一度諦めてしまえば後は芋蔓式にどんどん開き直ってしまう。

(そうよね、迷惑云々を言うなら今の中途半端なままでいる方が迷惑よね。きっと志摩子さんもその先を望んでいるはず!!)

「少し時間がかかったけど乃梨子ちゃんもようやくリリアンの素晴らしさが理解できたようね」
「祐巳さま、由乃さま、私が間違えてました」
「今日が乃梨子ちゃんの本当のリリアンの入学式ね」

「「ようこそ、リリアン女学園へ」」






 あ と が き

 きっかけは某CMの「バファ○ンの半分は優しさで できています」のキャッチフレーズでした。これをマリみてに当てはめたらどうなるだろう、そう考えて作ったのが「リリアンの半分は百合でできている」でした。もっとも半分どころじゃないかもしれませんね(苦笑)。
 









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