バレンタイン、それは時のローマ皇帝の迫害で殉教した聖ウァレンティヌスの記念日であり、世界各地で男女の愛の誓いである。もっとも現在ではお菓子業界の策略で恋人ないし意中の相手にチョコレートを贈るという習慣があり、有難い思いをしているのはお菓子業界だけである。そして家の男集から毎年せびられる煩わしい日、と昔まではそう思っていた。だが

「お姉さま、多分色んな生徒から貰っていると思いますけど私からもチョコを受け取ってもらえませんか?」
「馬鹿ね、他ならぬ令からのプレゼントを受け取らないわけないでしょう」

 その時妹から貰ったトリュフチョコは格別の美味しさだったし、何より令からチョコを貰えたと言うことが何より嬉しかった。

「困ったわね、こんな美味しいトリュフは初めてよ。ホワイトデーでどんなお礼をしようかしら」

 今からホワイトデーのお返しを考えて胸が高鳴る。この時初めてバレンタインが煩わしい日ではなく、お互いの気持ちを分かち合う有難い日だと思えるようになったのだ。

「そんなに気に入ってもらえたのなら来年もトリュフチョコを作りましょうか?」
「ええ、お願いするわ。今から来年が楽しみだわ」

 だがこの時はまさか翌年にあのような事になるとは思っても見なかった………





「黄薔薇さま、受け取って下さい!」
「ハッピーバレンタインです、黄薔薇さま」
「私、手作りが上手くいかなかったのでゴディバでバレンタイン限定チョコを用意しました」

 これはまだよかった。江利子が薔薇さまの一人である以上これも有名税のようなもの、しかも妹の令に比べれば大した量ではないのだ。精々鞄とは別にチョコ用の手提げを用意するかしないかの量でしかないのだ。だが

「黄薔薇さま、これが私の気持ちです!!」
「え、え〜と、本気ってことかな?」
「はいっ!!」

 仮にも女子校だからそういう人が出てくるのは当然の成り行きだと思っていたし、江利子自身そういう偏見は全く無い。むしろ好きになったのなら『痘痕もえくぼ』、何でも受け入れてしまうだろう。だが今回ばかりは相手が少々問題がある。

「祐巳ちゃんには祥子がいるよね?」
「お姉さまのことは確かに好きですし、尊敬もしています。でも!」

 まさか祐巳からバレンタインチョコを、しかも告白付きで貰うとは思いもしなかった。何せ江利子と祐巳は薔薇の館の中で一番接点が無いのだ。勿論これはこれで悪い気はしない、江利子自身祐巳のことは好きなのだから。

(でも祐巳ちゃんが祥子のことを『お姉さま』としてでしか見ていないように、私にとって祐巳ちゃんも後輩でしか見ていないのよね)

 だから正直困るのだ。告白付きの本命チョコを貰うからには祐巳と交際する事を意味する。だが生憎江利子は祥子や聖達ほどの祐巳への想いは無いのだ。そんな江利子がこれを受け取れるわけがない。

「祐巳ちゃん、私は………」
「受け取って、貰えませんか………そうですよね、令さまに比べれば私なんかのチョコは食べれませんよね」
「そ、そんなわけ無いわ。令は令、祐巳ちゃんは祐巳ちゃんよ」

(いけない、いけない。今にも泣き出しそうな祐巳ちゃんに思わずくらっと来てしまった。一時の感情で過ちを犯すところだったわ)

 思わず抱きしめたくなる気持ちを必死に抑えるが、両手は今にも祐巳を抱きしめんと上がったままである。

「でしたらせめてチョコだけでも受け取って下さい。令さまに習って一生懸命練習したんです!」
「例に習ったって………じゃあ祐巳ちゃんが作ったのってトリュフチョコなの?」
「はい、令さまが黄薔薇さまにチョコを作るならトリュフが良いと仰ったので………」

(令直伝のトリュフチョコ………それはそれで惹かれるものがあるし、逆に考えれば令の性格上祐巳ちゃんに遠慮して今年はトリュフではないでしょうね)

 例え去年よりランクが落ちるとしても令直伝には違いないし、何より祐巳手製のトリュフチョコである。せっかく江利子の為に作った物を聖たちに渡るのは癪に障るのもまた事実、ここは素直に受け取ろうかと思ったが

(って、いつの間に貰う事が前提になっているのよ。そりゃあ魅力的な提案ではあるけど………)

 だがここまできたら今更受け取れないとは言い辛い。

「分かったわ、祐巳ちゃんに免じてチョコだけは貰うわ」
「ありがとうございます♪」
「よ、喜んでもらえて何よりだわ」

(だから祐巳ちゃんは無防備に可愛過ぎるのよ。全く聖たちがの祐巳ちゃんに篭絡される気持ちがよく分かるわ)

「これなんですけど」
「ありがと、せっかくだし今ここで食べて良い?」
「粗末な物ですけどどうぞ召し上がって下さい」

 箱を開けチョコを一つ掴み口に入れる。

「甘い」
「え?甘さ控えめにしたはずなのに」
「どれだけ祐巳ちゃんが甘党なのかよく解ったわ」

 おそらく去年の令のようにビターで甘さ控えめの大人の味にしたかったのだろう。だが祐巳にとっての控えめの甘さは世間一般の控えめの甘さから程遠かったようである。

「す、すいません」

 せっかくのチョコが失敗だったと知り祐巳は愕然としてしまう。だが

「でも美味しかったわ」
「え?」
「確かに甘かったけどこれはこれで十分美味しいわ。もう一つ貰うね」

 そして一つ、また一つ口にする。口の中にチョコレートの甘さが広がるが、それ以上に祐巳の気持ちが嬉しかった。

(そうよね、去年令から貰ったトリュフが美味しかったのは味だけじゃなく、令が私の為に作ってくれたという優しい想いがあったから感動したのよね。だから祐巳ちゃんの作ったトリュフも文句なしの出来だわ)

「祐巳ちゃん、ありがとう。本当に美味しかったわ」
「お、お粗末さまです。あ………」

 先程までの勢いはどこに行ったのか、緊張の尾が切れて腰が抜けてしまったようである。

「これはちゃんと御礼をしないといけないわね。祐巳ちゃん、何が良い?」
「え、え、え、え!?」

 最初は受け取ってもらえるとは思っていなかっただけに、急に御礼と言われても何を頼んでいいのか悩んでしまう。

(あらあら、百面相しているわね。呆けた顔になったと思えば顔を真っ赤にしちゃって、何考えているのかバレバレね)

「特に思いつかないなら私が決めるわ」

 CHU!

「あ………」

 親が子にするようにおでこにキスをする。最初は何があったのか解らずおでこに手をやる祐巳だったが、頭で理解してきたと示すように顔が真っ赤になる。

「顔真っ赤よ、祐巳ちゃん」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 突然の事でオロオロするが、次第に冷静になってきたのか不満気な顔になる。

「おでこだけ………ですか?」
「はい?」
「キスってどこにするかご存じないのですか?」

(や、やばい!?)

 祐巳の拗ねた顔とその唇に目が行き、今度は江利子が赤面化してしまう。

(こ、これは誘っている!?)

 気が付けば祐巳の両肩に手をやっているこの状況、いつの間にか江利子が祐巳にお礼に唇にキスをするというシチュエーションが出来てしまっているのだ。

(冷静になるのよ、ここでキスなんてしたら聖と同レベルだわ。カードの切り方が人生の切れ目よ)

 1.祐巳の気持ちに応えるためにもここは唇にキスをする

 2.据え膳食わぬは女の恥、ここはディープキスあるのみ

 3.聖や祥子に汚される前に有難く頂戴するべし

(って、どれもやっちゃうことに変わりないじゃない!!)

 だが祐巳はいつの間にか目を閉じ顎を上げキスをせがむポーズをしている上、ギャラリーが一人また一人と増えていく。もはや江利子に逃げ道はないのだ。

(ジーザス………)

 必死にもう一つの選択肢を探すが、体は既に祐巳の唇にキスをしていた。

「見た?黄薔薇さまが紅薔薇のつぼみの妹にキスをしていましたわ」
「まぁ、羨ましい」
「祐巳さんも果報者ね」

 煩い外野を無視し、そっと唇を離すと祐巳はおでこにキスした時以上に顔を真っ赤にする。

「あ、ありがとうございます。一生忘れませんね」

 ブチッ!!

 その時江利子の中で何かが切れた気がした。

(もう一つの選択肢を思いついたわ)

「え?き、黄薔薇さま!?」

 祐巳の背と両足に手をやりお姫様抱っこをする。

「違うでしょう、『江利子』よ」
「はいっ!?」
「祐巳ちゃん、この後予定ある?無いよね。じゃあ続きは私の家よ!!」

 どこにそんな力があるのか、祐巳をお姫様抱っこしたまま自宅に向けて走り出す。

(もう一つの選択肢、それは『このままお持ち帰りあるのみ』よ!!)

「え?え?え?え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」





 翌日、江利子は薔薇の館で聖と蓉子と祥子から尋問を受けていた。

「ちょっと黄薔薇さま、昨日祐巳ちゃんを拉致したって話を聞いたんだけど説明してくれない?」
「そうですわ、私の祐巳を誘拐するだなんて一体何を考えているんですか!」
「ちょっと言葉を選んで欲しいな。これじゃあまるで私が犯罪者じゃない」

 少々物騒な言い方だがやっていることは大差ないので説得力はまるで無い。

「じゃあ黄薔薇さま、祐巳ちゃんを監禁してないと仮定して………」
「紅薔薇さままで人を犯罪者扱いしないでよ」
「祐巳ちゃんを連れて返った事は事実なのね?」

 江利子の不満も無視し、見る者を射殺すような眼光で睨む三人。

(まるでゴルゴン三姉妹って言ったら本気に殺されそうね)

 おそらくこの状況では何を言ってもまともに取り合ってもらえそうに無いだろう。なので暫く宥めて賺してこの事態を打破する時が来るのを待つことにする。

「大体祐巳は私の妹なんですよ!姉妹である以上生まれは違えど死すべき時は一緒と誓い合った仲!その関係は………」

(おいおい、いつから祐巳ちゃんと桃園の誓いをしたのよ)

 いい加減辟易した頃合だった。

「ごきげんよう………って、何でこんなに殺気立っているんですか?」
「ごきげんよう、祐巳。丁度いいわ、貴女からも黄薔薇さまに………」
「はい、祥子邪魔!」

 ドンッ!

「あうっ!」
「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
「ふぎゃっ!」
「ロ、黄薔薇さま!?」
「ちょっと何やっているのよ!?」

 祥子を押しのけて祐巳に抱きつく。

「何があったか聞きたいのでしょう、だから教えてあげるわ。んっ」
「「「あーーーーーーー!!」」」

 抱きついたままの体制で祐巳に口付ける。

「私たち、付き合うことになったからそこのところ宜しく」
「ロ、黄薔薇さま、これは一体!?」
「祐巳ちゃん、私の事は何て言うのだったかしら?」
「え、江利子………さま」

 まだ呼び捨てで呼ぶことに慣れていないのか語尾に様を付けてしまう。だが聖たちにとって問題はそこではない。

「私の祐巳に毒牙にかけるなんて………」
「こうなったらファーストキスが駄目でももう一つの初めてを………」
「あ、言っておくけど昨夜祐巳ちゃんは私の家に泊まったから」

 ガーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

 江利子の爆弾発言に三人とも真っ白になってしまう。

「お、お姉さま!?」
「きっと私と祐巳ちゃんのことを祝福してくれているのよ」
「そ、それはちょっと違うような………」

 三人ともうわ言の様に『祐巳(ちゃん)が………、祐巳(ちゃん)が………』と呟いているのは正直放っては置けないが、

「じゃあ話は終わった事だしデートしましょうか」
「デ、デートですか」
「嫌?」
「そ、そんな事無いです!!」
「じゃあ行きましょうか」
「はい♪」

 結局三人の事は放って江利子とのデートに浮かれる祐巳だった。

「あ、最後に一つだけ言っておくわ。毒牙にかけたんじゃなくて、私が毒牙にかけられたのよ」




















 あ・と・が・き

 書き終えて一つ思ったのは、マリみてSS書き続けて一年以上経つのに季節にタイムリーなネタをやるのはこれが初めてだということです。マリみて以外のSSでしたら誕生日記念とかクリスマス等旬なネタを使ってSSを書いていたはずなのに何故なんでしょうね?
 さてどうでもいい前振りはさて置いて、バレンタインSSいかがだったでしょうか?合縁奇縁を終え、最初に思い付いたのが

 令と祐巳をやったんだから次は江利子と祐巳?

 と言うわけで色々と考え、最初は江利子から祐巳にアプローチをかける展開でした。ですがバレンタインも近いのでバレンタイン用に書き直したら祐巳→江利子という図が出来上がりました。ですがあくまで最初は江利子→祐巳というプロットです。そこで江利子視点で祐巳にアプローチをかけられた江利子の葛藤を描く事になりました。
 そして最後のあの一言、

「あ、最後に一つだけ言っておくわ。毒牙にかけたんじゃなくて、私が毒牙にかけられたのよ」

 題して『天然の小悪魔』、私一部を除いていつもタイトルは後から考え、大抵良いタイトルが思い付かずにいたずらに時間をかけますが今回は即行で思いつけました。
 ではみなさま、最後まで見ていただいてありがとうございました。ではでは〜







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