『ま、祥子には無理だとは想うけどね』

 どうも私はあの人の挑発に簡単に乗ってしまうのが悪いところである。

『ただの上級生だった人に過ぎない聖さまにできて、祐巳の姉である私にできないとお思いで?』

 無論今だってあの時の行動を否定するつもりは無い。祐巳の姉としてあの人にだけは負けるわけには行かない、それは祐巳の妹である瞳子ちゃんだって同じ気持ちである。

『聖さまは私たちを甘く見ているようですけど、私たち紅薔薇姉妹の絆の強さは聖さまの白薔薇姉妹に負けませんわ』

 だけど、だけどこの目の前に出された料理を見せられると決意が鈍ってしまう。

「お姉さま、瞳子、食べないの?」

 ごめんなさい、祐巳。やっぱり私には無理よ。










    山へ行こう













「そう言えば祥子って祐巳ちゃんを連れて旅行に行ったのは避暑地の別荘に一回だったよね」
「ええ、本当はもっと色んな所に連れて行きたかったのですが祐巳が変に恐縮して行きたがらないのよ」

 きっかけは些細な雑談だった。祥子も瞳子も祐巳の不在の間、OBとして後輩の成長を見に………という建前で暇つぶしに遊びに来た聖と薔薇の館で雑談を楽しんでいた。そんな折今度の連休をどう過ごすかという話で全ては始まった。

「私も祥子お姉さまに内緒でお姉さまをカナダに連れて行きたかったんですけど………」
「瞳子ちゃん、解っていると思うけど………」
「この通りですからね、デートならまだしも旅行はまだ機会が無いです」
「それはそれは、いつまでも妹離れのできないお祖母ちゃんを持って大変ね」

 庶民派である祐巳にとって祥子や瞳子が行くような旅行は肩身が狭く感じてしまうのだ。なので本当のところこの連休で祐巳を旅行に連れて行きたいのに中々言い出せないでいるのだ。

「だったらさ、以前私が祐巳ちゃんといった所に行ってみたらどう?あそこならすぐにOKが出ると思うよ」
「ちょっと待って下さい聖さま。以前私と、って祐巳の姉である私を差し置いて祐巳と旅行に行ったのですか?」
「そうだよ、と言うか私と祐巳ちゃんが旅行に行くのに祥子の許可は必要ないでしょ。大事なのは祐巳ちゃんとそのご家族、そして私は両方からOKが貰えたから何の問題も無いはずよ」
「問題大有りです!お姉さまと瞳子は姉妹なんですからその関係は家族と同じかそれ以上です。ならお姉さまの妹である私の許可が必要です!!」

 せっかくの提案も話しが逸れてしまうが聖は大して気にした様子もなく、

「あの時の祐巳ちゃんの幸せそうな顔ときたら見ていてご馳走さまって感じだったな〜」
「「きぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」

 と、実際には加東景と三人で行ったところは敢えて言わず、二人が悔しがるようからかい始める。

「また行きたいって言ってたから今度の連休にでも誘ってみようかな」
「いい加減にして下さい、祐巳は私と連休を過ごすと決まってます!!」
「いいえ、瞳子とですわ!!」

 祥子と瞳子、どちらも聖に譲る気は無いと言いつつもお互いに祐巳と過ごす時間は自分だと言い張り、相手に釘を刺す。

「ちょっと瞳子ちゃん、お祖母ちゃんに譲って上げようという気は無いのかしら?」
「普通祥子お姉さまのほうが孫の瞳子に譲るべきではありませんか?」

 聖の抜け駆けの発覚の所為か、沸点の低い二人は今度は矛先を聖から孫とお祖母ちゃんへと変える。

「大体貴女はまだあと一年と数ヶ月年は祐巳と一緒に過ごせるけど私はあと三ヶ月も無いのよ」
「リリアン大学に進学なさるのにあと三ヶ月とはよく言いますね。どうせ聖さま同様卒業後も高等部に遊びに来るつもりでしょう」

 どちらも一歩も譲らず、竜虎激突と言ったこの状況を聖は止めるつもりも無く傍観者として楽しもうとしている。だが、

「ごきげんよう、お姉さま、瞳子。あ、聖様も来てたんですね」
「ごきげんよう、祐巳」
「ごきげんよう、お姉さま」

 さっきまでの険悪なムードはどこに言ったのか、祐巳が来た途端借りてきた猫のように大人しなってしまう。

「ちぇっ、せっかく面白くなってきたのに………ごきげんよう、祐巳ちゃん」

 聖は知らなかったが以前祥子と瞳子が祐巳を巡って喧嘩をした際、祐巳に大目玉を喰らって1週間口も聞いてもらえなかったことがある。それ以来祐巳の前では決して喧嘩をしないと言うのが二人の暗黙の了解だった。

「聖さま、今日は何の御用ですか?」
「今度の連休どう過ごすのかな?って思ってね。でも祐巳ちゃんは祥子と瞳子ちゃんに先約済みのようだから諦めるよ」
「え?別に予定なんて無かったような………」
「ちょっと聖さま___」

 勝手に話を進める聖を止めようとするが、

「何でも名古屋に旅行のようよ。もしかしたら私たちが前行ったあの店にいけるかも」
「行きます!親を質に入れてもでも行きます!!ありがとう、お姉さま、瞳子」
「え、ええ。そんなに喜んでもらえてるなんて思わなかったわ」
「そうですわね、たまには紅薔薇姉妹三人で旅行も悪くないかもしれませんわね」

 祐巳のはしゃぎように押される形で承諾してしまう。こうなってしまっては今更そんな話しが無かったとは言えないし、元々祐巳と旅行に行きたいと言う考えもあったので名古屋行きは決定事項となってしまう。

「じゃあ電話で祐巳ちゃんが楽しみにしているお店を教えるよ。姉妹三人楽しんでくるといいよ」







          ◇   ◇   ◇







 そして着いた先は住宅街に佇む一見何の変哲も無い喫茶店だった。幸い昼時からずれてた事もあってか、客足も少なく難なく席に着けた。

「祐巳、以前ここに来てたみたいだけどお勧めは何なのかしら?」
「前回はおしるこスパでしたけど聖さまの頼んだバナナスパが結構美味しかったですよ?」
「おしるこスパ?バナナスパ?」
「私はどれにしようかな………あ、瞳子も何頼むかちゃんとメニュー見て決めてて」

 聴き慣れない言葉に戸惑いを覚える。だが祐巳は何を頼むかで頭が一杯で祥子の疑問に答える様子は無い。

「まぁいいわ。祐巳の勧めるバナナスパにするわ」
「じゃあ私はいちごスパにします。瞳子は?」
「わ、私はちょっと食欲が無いから………そ、そうですわ。久しぶりにカキ氷が食べたくなったからかき氷にしますわ」

 何故この寒い季節にカキ氷?とも思ったがそこは敢えて突っ込まないことにした。何故なら目の前の従姉妹は色んな意味で変わった子だからだ。そのドリルヘアーとか、派手なフリルつきのポンチョとか………etc

「う〜ん、ここに来てスパゲッティを頼まないのは勿体無いのにな。まぁいいや、店員さん〜」

 注文を出すこと十数分、一体どんなスパゲッティが出るのか不安を感じていた祥子の直感は見事的中した。

「いちごスパとバナナスパをお持ちしました」
「わぉ♪」
「なっ!?」
「うっ!」

 テーブルに置かれた二つのスパゲッティを見て、三者三様の反応が返ってくる。ある者はその姿に更なる期待を、またある者は予想外の姿に驚きを、そしてある者は一瞬で食欲を失ってしまう。

「じゃあ瞳子、悪いけど先に頂くね」
「ど、どうぞ。祥子お姉さまも気兼ねせず頂いて下さい」
「こ、これを食べないといけないの?」

 以前祐巳と別荘に行く際、苦手だった梅干とアスパラガスを前にした時でもポーカーフェイスを通すことができた。だが今回ばかりは自慢のポーカーフェイスを維持できなかった。

「前回行った時は季節の関係上これを頼めなかったんですよ」

 一見するとケチャップで味付けたスパゲッティに見える麺も皿一面に漂うイチゴの甘い香りがそれを否定する。スパゲッティなのにイチゴやキウイに生クリーム、麺が見えなければデザートか何かと思えてしまう料理(?)である。

「さ、祥子お姉さまのも凄いですね」

 こちらも負けじとたっぷりかけた生クリームとその周りにバナナとチョコが無数に置かれ、中央に置かれた一個のさくらんぼ。別に甘いのが苦手と言うわけではないが、この見た目と甘いを通り越して甘ったるい香りを前に食欲が一瞬で失せてしまう。

「う〜ん、美味しい♪やっぱり名古屋と言えばマウンテンのスパゲッティよね」

 名古屋の郷土料理や特産品を営む人たちが聞いたら涙を流しそうな一言である。

(と、とりあえず一口食べてみましょう、見た目と香りはちょっとアレだけど食べてみたら案外美味しかったと言う事だってあるし………)

 恐る恐るフォークを手に取り麺を巻き付け口に含めてみる。

(あ、甘い!甘過ぎる!!)

 いちごスパと違い麺が黄色だったので気付かなかったが、麺自体にバナナソースが絡めてあり、これと生クリームが祥子に咽返るほどの甘さを体に植えつけられたのだ。

(ふ、二口目が怖くて入らないわ)

 今ここで二口目を口にすれば何らかの形でダウンしてしまうだろう。その位祥子はたったの一口で追い詰められたのだ。

「と、瞳子ちゃんも食べて___」

 見れば瞳子は祥子に向かい目を瞑り手を合わせていた。それはご愁傷様という同情と巻き込まないでくれという拒絶の二つの意味が込められていた。

(やっぱりここでスパゲッティを頼むのは危険ですわね、頼まなくて正解ですわ)

 実は瞳子は店内に入った際他の客が食べている姿を見て祥子より一足先に戦慄していたのだ。

(季節外れ感は否めないですがここはかき氷にしておいた方が無難ですわ)

 そしてここでスパゲッティを頼むことがどれほど危険か、それを知っていた瞳子はスパゲッティを頼むのを避けカキ氷にしたのだ。

「お待たせしました、かき氷になります」
「あ、あ、あ、あ、あ………」

 机に置かれたカキ氷に瞳子は開いた口が塞がらなくなってしまう。

「す、凄いわね」
「これぞまさにマウンテンだね」

 器の許容量を度外視した氷の量はビールジョッキの更に上を行く高さまで積み上げられ、表面積もカキ氷のはずなのにスパゲッティと大差が無いのだ。祐巳たちがその見た目と味と香りで食欲を失うとするなら、目の前の氷は体を壊しかねない馬鹿げた量で食欲を失ってしまう。

「ちょ、ちょうどカキ氷が食べたいと思ってましたの。だからこの位何の問題もありませんわ」

 さすがにバナナスパほどあからさまな味では無く、味自体は普通のカキ氷なので祥子のように一口で止まることは無かった。だがさすがにしばらくカキ氷を口にし続けているとキーンと頭が痛くなってしまう。

「お、落ち着いて食べれば………あっ!?」

 頭の痛みに耐えながら食べていると氷が雪崩のように崩れてしまう。

「う、みっともないところをお見せし申し訳ありません」

 祐巳の前でみっともないところを見せてしまったことを恥じる反面、食べる量が減ったことに一安心する。ああは言ったものの、さすがにこれを全部食べきる自信は瞳子には無かったのだ。だがこれでいくらか減ったことで心なしかモチベーションを上げることができた。

「仕方ないよ、文字通り氷山のように聳え立っていたんだから。あ、でも喜んで。中のアイスは無事みたいよ」
「カキ氷の中にアイス!?」

 せっかく上がったモチベーションが一気に下がった気がした。せめて少し位は手伝ってもらえないだろうかと藁をも縋る思いで祥子を見ると

(アーメン)

 手で十字を切り手を合わせていた。

(自業自得と策士策に溺れる、どっちを言ってほしいかしら?)
(そ、そんな〜)

 だが苦しいのは瞳子だけではなく祥子も同様だった。この目の前のスパゲッティモドキをどう処理するか?これが問題だった。

(残したいのは山々なんだけど、そんな事をすれば祐巳が悲しむのは火を見るより明らか。こうなったら一気に食べきってしまおうかしら)

 瞳子のカキ氷と違って頭痛することは無いので一気に食べても何の問題も無い。もっとも食べきれたら、の話しだ。

(う、チョコが溶けて麺に絡まる)

 いつの間にか熱で溶けたチョコが麺に絡まるわ、生クリームが溶けて甘ったるい味に更にクドさが増してきたのでどうしてもフォークを持つ手が止まってしまう。

「ご馳走さまでした」
「「なっ!?」」

 祥子と瞳子が悪戦苦闘している間に祐巳は一気に平らげたようである。

「まだちょっと物足りないかな」

((だったら私(瞳子)のを!!))

 助けを請うような眼差しを祐巳に向けるが、

「せっかくだからキウイスパも頼んでみようっと」

((Noooooooooooooooooooooooo!!))

 それから数十分後、満足気にお店を出る者と真っ白に燃え尽きた二人が店を後にするのだった………













 あとがき

 ニュースで名古屋で起きた事件を取り上げているのを見て、ふと卒業旅行で行った時の事を思い出して書いてみました。もちろんニュースはこんな変わったお店を取り上げていたわけではありませんが、見ていてあまり楽しくない話題よりも、楽しかった時の事を連想する辺り無意識の処世術と言うのを感じますね。もっとも私と一緒に喫茶マウンテンに行った友人の一人は二度と行きたくない苦い思い出なんでしょうけどね(苦笑)。
 ちなみに私たちの戦績は以下の通りでした。

 私:メロンスパ…………………半分近く食べたところでダウン
 友人S:キウイスパ……………一時間近くかけるものの完食
 友人F:いちごスパ……………三割近く食べた時点でダウン
 友人O:おしるこスパ…………十数分で完食

 四戦中二勝二敗、まずまずの戦績ではないでしょうか?もっとも友人Sはそれから半年近く生クリームが全く受け付けない体になってしまいました。今は甘い物も大丈夫でしょうが、喫茶マウンテンには二度と行きたくないでしょうね。もし喫茶マウンテンに行ったことがない方がいれば今度行ってみてはどうでしょうか?新しい世界が見出せるかもしれませんよ(笑










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