「乃梨子ちゃん、ちょっといいかしら?」
「それは構いませんが私に、ですか?」
「ええ、そうよ」

 暦の上ではそろそろ春を迎える筈だがまだまだ寒い二月、もうじき卒業するであろう紅薔薇さま(下手をすれば祐巳さまともう一年過ごすために留年する危険性在り)に呼び止められ正直困惑を隠せない。

「それはこの場では話せないことでしょうか?」
「そんなに身構えなくてもいいわよ。ただ、そうね。折角だし人気の無い所で話しましょうか」

 そう言って有無も言わせず私について来るよう足を進める。仕方なしにその後を追うと、そこは温室だった。

「そう言えば入学して一年になるけどここに来るのは滅多に無かったな〜」
「そうなの?私や祐巳はこの場所が好きだからよく来るし、令も理由は違えど結構ここに来ているけど白薔薇姉妹には馴染みが無いのかしら?」

 かもしれない、だって志摩子さんと一緒に行く所は主に銀杏の取れるところなのだから。っとこれは失言だったね。

「まぁいいわ。それより本題に入っていいかしら?」
「ええ、私もそれが気になってましたから」

 と言うのも私は紅薔薇さまと二人っきりで話をしたことが無いのだ。だからこんな風に改まって声をかけられることに慣れていないし、とても楽しい談笑を求めているとも思えない。考えれるとしたら多分………

「実は祐巳のことなんだけど………」

 やっぱり、この人の第一は何に置いても祐巳さまを置いて他に無いのだから。だから____が祐巳さまの妹になった時は………いやいや、この話は今はいいだろう。

「まず一つ聞きたいのだけど乃梨子ちゃんは祐巳のこと好き?」

 ここでの好きとは一人の女性としては無く、良き仲間としてである。だが相手は紅薔薇さま、一応言葉は選ぶべきだろう。

「ええ、良き先輩として、そしてお姉さまの良き友人でありつぼみ同士として祐巳さまのことは好きですよ」
「だったら安心ね」

 ええ、私も見当違いな誤解を招かずにすんで一安心です。

「それでそのことと今回の用事とどう関係するのでしょうか?」
「私ってもうすぐ卒業でしょ?」
「ええ、黄薔薇さまと来月卒業ですよね」

(なんだ、ちゃんと卒業する気はあったんだ)

 思わず口に出そうになったその言葉を抑えて先を促す。

「多分乃梨子ちゃんは私が祐巳恋しさのあまり留年したり卒業後も何度も高等部に遊びに来ると思っているのじゃないかしら?」
「え、いえ。そんな事は………」
「いいのよ、私も最初はそんなことを考えていたのだから。でもね、いざ卒業を前にすると段々その気がなくなってきてね」

 もしかして卒業前になってようやく妹離れ?

「勿論祐巳のことは好きよ。でも必要以上に私が構うことが祐巳の成長を妨げているような気がしてね。それに泣いても笑っても四月には祐巳は紅薔薇さまとして由乃ちゃんと志摩子と三人で全校生徒の模範となり導かないといけない。にも拘らず未だに卒業した私にベッタリではあの子の為に良くないでしょ?」
「それはそうですがそれで紅薔薇さまは納得できるのすか?」
「勿論納得できることではないわ。でもそれでも納得しないといけない、それが卒業する者としての勤めなのよ」
「紅薔薇さま………」

 多分相当悩んだんだと思う。良き姉として、そして一人の女としての似て非なる想いの狭間で何度も、何度も。その上での結論なんだろう。

「そして別れの日を安心して迎えれるよう祐巳には伝えるべきことはきちんと伝えてきたわ。でもそれでもやっぱり不安は残るの。だから乃梨子ちゃんに祐巳のことをお願いしたいのよ」
「遺言、ですか。ですが祐巳さまの事なら私より____の方が適任ではないでしょうか?」
「____はライバルだから頭なんて下げないわ」

 おいおい、そこまで張り合わなくても………

「それに私がお願いしなくてもあの子なら祐巳を放っては置かないわ。良くも悪くも伊達に祐巳の妹をやっているだけのことはあるからね」
「それもそうですね」

 紅薔薇さまに負けない位祐巳さまに一途な同級生を思い浮かべ思わず笑いが漏れてしまう。
 
「だからね、姉妹ではない別の立場に立っている乃梨子ちゃんだからこそお願いしたいの。薔薇の館に来て間もない頃から私に反発出来る位言うべきことはキッチリ言える乃梨子ちゃんに、ね」

 敵わないな、こんな風に言われたら断れないじゃないか。

「分かりました、そういう事なら紅薔薇さまのお願い謹んでお受けしますね」
「ありがとうね」
「でも、気が付いたら祐巳さま争奪戦に参戦するかもしれませんよ」
「その時は完膚なきまで叩きのめすわ♪」
「じょ、冗談ですよ」

 べ、紅薔薇さまの握り締めた拳に血管が浮かんでる………だ、大丈夫。私は志摩子さん一筋なんだから。

「まぁ、乃梨子ちゃんなら心配は無いと思うけど分はちゃんと弁えるのよ」
「は、はい。勿論ですよ」


………………………………………………………


………………………………………


………………………


「そんなこんなでまさか紅薔薇さまから遺言を託されるとは思いもしなかったよ」
「ふふふ、祥子さまらしいといえば祥子さまらしいわね」

 あまりこう言う話は人に話すべきではないのだろうけど相手は志摩子さん、出来るだけ志摩子さんには隠し事をしたくないので包み隠さず先ほどの話しをしたのだ。

「じゃあ私も卒業前には誰かに乃梨子のことをお願いしないといけないわね」
「し、志摩子さんはそんな恥ずかしいことしないでよ」
「あら、姉が妹のことを案じるのは別に恥ずかしいことじゃないでしょ?それにね」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 志摩子さんの言葉に思わず耳を疑ってしまう。だって………

「まさか_____以外の全生徒に遺言を託していただなんて………」

 姉馬鹿、ここに極まる。思わずそう思わずに入られなかった。











 あ と が き

 久しぶりに 『いとしき歳月』を読み返していて思いついたSSです。ただ最後の最後まで祐巳の妹を誰にするかで悩み、とりあえず保留のつもりで『____』としていたのが結局このまま行くことになりました。なので祐巳の妹の所は読者の皆様方が思うこの名前を当てて読んでいただければな、と思います。



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